読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

断捨離で服を減らすときの基準は何か

断捨離

スポンサードリンク

 

ころもです、こんにちは!

 

今回は断捨離の中でも王道を行く、「服」の処分についてお話ししてみようと思います。

なにせ、体はひとつしかありません。

 

でも、欲しくなるんですよねぇ。春風が吹いたり、旅行プランなんて立てていると無性に新しい服が欲しくなる。

 

わかります。すぐに飽きて着なくなるのも経験からわかっているのに、どうしても定期的にどこかのタイミングで「ちゃっかり」服を買ってしまうのは仕方ないんですよね。

 

だって、人間だもの‥‥。

 

 

増えすぎた服をどうすればいいのか

 

基本、その人がそれを「問題」だと思ったり「悩んだり」しなければ、この世を生きるにあたってなんの支障もないことになります。

 

でもそれって言い換えれば、どんな些細なことであれクダラナイと他人から見えることであっても、本人が悩んだり問題にしているなら、やはりそれは「問題」だし「悩み」なんですよね。

 

だから、こんなことで悩んでいる自分ってどうなんだろう?

 

そんなことを考える必要はありません。悩みの基準や法律はないんです。

 

あなたが悩んでいる、それがすべて。

遠回りな言い方になったけれど、衣類にしてもそれはいえます。

 

どういうことかっていうと、その人がたとえどれほど大量に衣類をもっていようと、片付いてない部屋に住んでいようと、その人がまったくそれについて悩んでも、問題にもしていないのだというならそのままでいればいいだけ。

 

極端な話、その人の人生ですから。

 

なにより、感じ方は人それぞれ。価値観も経済力も何もかも違うのに断捨離が巷で流行っているからといって、むりやりしたいわけでも必要なわけでもない時間と労力をかけてやることはないといってもいい。

 

しか〜〜〜し!

 

たとえ人から見たら決して多くはないだろうと思える量であっても、当の本人が今の半分にしたい、なんとかして少しでも減らしてすっきりと暮らしたい。

 

というのであれば、それはやるしかありません。だって悩みなんですから。それについて考える時間が必ずあるし、何をやっていてもどこにいても、心のどこかにそれがひっかかっているようでは楽しくない。

 

 

服を減らすときの基準

 

「持っているだけ」の服多くありませんか。

着る服、飾ってあるだけの服。大きくわけてこの2種類に衣類は分けられます。着る服のヘビロテぶりにくらべて、飾ってあるだけの服のメンテナンスの多さとため息の多さは本当にひどい、あわれ、残酷、うぅぅううう。

 

ものを捨てるというのは本当に難しいです。たとえそれがバーゲンで1000円で購入したものであったとしても、すでに何回か着用していればその服とともに体験した思い出の数々があるわけで、つまりは付加価値がついて「値段なんてつけられない」ものになってしまっているのです。

 

ただここで思い出して欲しいのは、何のために断捨離をするのかという原点。

 

限りある短い人生を楽しく生きるための、心の足かせになっているものを軽くするために、その方法のひとつとして断捨離があるんだという考えですね。

 

ある程度の年齢になると、未来という言い方ではなく「残された時間」という捉え方をするようになってきます。

 

そういう考え方が染み付いてくると、残された時間に何をやりたいか。何がやれるかということに焦点が絞られる。

 

モノに煩わされ、執着している時間がもったいなくてしょうがない。思い出のある服だから捨てられないということで考えると、捨てられる服なんて一枚も存在しないことになってしまう。

 

それじゃあ、手も足も出ない。

 

服を捨てられないということは、突き詰めると過去を過去として扱えないということにも通じるものがあるのです。

 

未来はわずかでも、それを存分に楽しむのに過去と二人羽織をし続けていたら重くて何もできなくなる。

 

過去が余分なのじゃなく、残された時間があまりに貴重なのです。

 

服を減らすときの基準は、残された時間をその服を着て楽しめている自分を想像できるか。

 

そういうことになります。

 

漠然としてますか。また細かいことについては別途記していきますね。

 

ではまた、ぜひ覗きに来てください。♪

 

貴重なお時間をありがとうございましたm(_ _)m。