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鈴木紗理奈、サンジャポでの岡村隆史への説教で墓穴掘る!?

 

 

ころもです。

 

 

なんだかんだで周囲の人に助けられ、風俗発言で本音を見せた岡村隆史さんが芸能界を干されるということはなさそうですね。

 

どうしても「失言」ということでまとめたがっている意見や芸能関係者の声が目立ちますが、多くの視聴者やリスナーが好き嫌いを超えて理解してしまったのは、岡村さんのそもそもの「考え」「見方」という本音なのですから、謝罪というのはとりあえず「非難の声があるのは承知しています」という岡村さん側の意思表示程度のものなのだろうと思ってみています。

 

それ以上のことは番組スポンサーや局側が今後数字によって「現実と自分たちの認識の乖離」を身をもって知ることになっていくだけのことでしょう。

 

ある意味、

 

あえて世間からの批判を「失言」というふうに誤解してしまっていると解釈されたままで貫き通したほうが今後の活動への支障も少ないという判断があったのだろうし、どう考えても岡村さんという人生なかばまできている一人の成人した男性の本音を、たとえ相方とはいえ矢部さんが出演してコンビ愛にまで昇華させて美談に仕上げ、目線を完全にそらせた形になってしまったのは真の意味で”岡村さんのためになったのか”どうかはわかりません。

 

コンビ愛といえば、鈴木紗理奈さん。

 

決して岡村さんとコンビというわけではないですが、「めちゃイケ」で長いこと一緒に仕事をしてきた仲間として先日の「サンジャポ」でコメントしていましたが、これはこれで予想どおりでした。

 

しかしやはり釈然としないのは、

 

『困っている人に対して、喜ぶような人じゃない』 

 と必死にフォローしても、

 

それとこれとは別問題というのか、誤解しようのないあまりにシンプルで明快な本音が垣間見えたことに対する世間の生理的嫌悪感なわけで、的外れな感情をぶつけられても何だかなという感じ。

 

良くも悪くも人は多面的な生き物であるし、誰に対しても同じ顔を常に見せ続けるというわけでもない。

 

自分の知っている顔がその人のすべてじゃないのはいうまでもないし「知らない顔」こそ実はその人の真実に肉薄している場合だってあると想像することは大事でしょう。

 

その意味でも、

 

紗理奈さんの「困っている人に対して、喜ぶような人じゃない」という叫びは虚しいだけじゃなく、人を見る目がないという単純なことでもなく、自分自身そう思っていないだろうに口にしているのじゃないかと邪推させるだけ自分自身への信頼も失わせる結果になったと感じます。

 

今回の件に限っていえば、

 

困っている人に対して喜ぶような人

 

であったと解釈可能な発言をしたと世間やリスナーの一部は認識したのです。

 

むしろ、

 

女性蔑視よりそちらの「困窮するすべての人の状態を見て楽しめる、面白がる心がある」という部分こそが個人的には壊滅的に受け付けない部分なのですが、それはあくまでも個人の嫌悪感に押し止めるとして、今後岡村さんを使いたい曲やスポンサーがあれば使えばいいでしょう。

 

こちらはただただ、もう「無理」ということで回避していくのみです。

 

さらに紗理奈さんの次の言葉が話題になっているようですね。

 

それは、

 

「ちっちゃいおっさんがもう経験足らずに言ってしまったこと、女性経験も少なくて、これを機に結婚なり、恋愛なりして、ちゃんと人と向き合って、こういうことは言っちゃダメなんだと、おっさんが学べ!って思いました」

というコメントの、

 

「女性経験も少なくて」の箇所。

 

これがどうやら女性経験が少ない人たちへの偏見じゃないかという批判を招いたようなのです(日刊サイゾー :参考)

 

加えて「ちっちゃい」と体系的なものを口にしたことも反感を持たれたようで、フォローするのもテクニックがいるということでしょう。

 

矢部さんも紗理奈さんも嫌いじゃないですが、今回の件は岡村さんの「失言」への批判というよりは「人間性」に対する良く言えば失望、悪くいえば生理的嫌悪なのですから、謝罪ということや許す許さないの範疇の話ではないということでこれ以上は介入せずことの成り行きを静観するだけでいいのではないでしょうか。

 

ではまた。 

(参考元:日刊サイゾー5/4)

 

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