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岡村隆史の大炎上発言に高須院長「許すよ」も「的外れ」の声

 

 

ころもです。

 

 

高須院長やニッポン放送が「失言」や「配慮に欠けた言葉」とオブラートに包んだ言葉でいくら擁護しようと、もはや手遅れでしょう。

 

コロナの影響で収入が減少してしまい、生活に苦しむ女性が短期的に風俗業に携わる可能性があることを「絶対面白いことがある」と楽しみに待つその心理、本性。

 

極限状態に見えてしまった人間性から発せられた本心をいくら謝罪したところで、楽しみにしていた心や考えは一ミリたりとも変わりはしないと通常は思うものです。

 

謝るのは叱られたから。

失言をしたという表層的な部分での謝罪ではあっても、事の本質、考え方が間違っていたということを認めるものではないし、仮に認めたところでそれこそ本心ではないだろうと世間はすぐに見抜いてしまうでしょう。

 

究極なのです。

「酒の勢いでつい思ってもいないことを言ってしまった」じゃなく、「酒の勢いで日頃思っていたことがつい口をついて出てしまった」ということと同じなのです。

 

 

27日付のオリコンニュース記事に、

「4月23日『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』での発言について」と題したコメントで、「4月23日(木)深夜に生放送の『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』において、パーソナリティの岡村隆史氏から、現在のコロナ禍に対する認識の不足による発言、また、女性の尊厳と職業への配慮に欠ける発言がございました」と事態を説明。「放送をお聴きになって不快に感じられた皆様、関係の皆様にお詫び申し上げます」と謝罪した。

 という、ニッポン放送が『ANN』番組公式サイトに掲載した謝罪コメントの記述がありましたが、これをもってしてイメージ挽回、ただの失言騒動でした、チャンチャンといかないことはこの記事についたコメント欄の数をみるだけでもわかります。

 

その数なんと「17,300」件。

 

 

なぜ許せるのか、にコメント欄も湧く

 

火に油をそそぐことになったのは、

 

この炎上発言があった「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン」のスポンサーをしている高須クリニックの院長、高須さんの、

 

「いま、ニッポン放送から岡村隆史君の発言についてオールナイトニッポンのスポンサーに対する謝罪があった」

「僕は失言に関しては、常に速やかな謝罪をすれば受け入れて許すよ。悩むな岡村くん」

 というツイッターの言葉です。

 

高須院長が許したから女性蔑視の発言が許されるものでもないし、消えてなくなったということでもない。

 

許す許さないを決めるのは高須院長ではない。

 

スポンサーとしての立場や意見としてそれは成立しても、事の本質とは無関係だということです。

 

許す許さないという話じゃなく、岡村さんの人となり、人間性が今回の件でわかってしまったということに尽きるのであって、その後の謝罪や許す許さないなどという茶番劇はもはや視聴者にとって何の意味もないということになるかと。

 

 

ネットの声、

 

簡単に社会に発言して拡散される著名人ならば、謝れば許される”キズの舐めあい”みたいなことを公にして表現しないで欲しいです、非常に見苦しいです。

 

許す許せないではなく、思考の問題。
悩むなではなく、おのれの下劣を恥じて悩むべき。

 

女性でもなく貧困になどにもないお前が勝手に許すな。万が一にでも最愛の無き奥方が同じ目に遭ったら、それを笑う男がいたら許せるのか?
許せるならお前は人間の屑じゃ。

 

発言は女性に対する本音だもんね。謝罪したからってあの発言のイメージは無くならないだろう。まぁ致命的な発言だと思う。

 

商売上スポンサーに謝罪があるのはわかるけど、発言の内容としては謝罪の対象がそもそも違うし高須さんが許す許さないの問題ではない。

 

この案件はヘタに擁護しない方がいいと思う。まだあまり表面化はしていないが、大きな問題に発展すると思う。

 

保釈金を払えば何をしても解放される芸能人を見てしまった時のような、釈然としない気持ち悪さが残ってしまうのです。

 

許す許さないではない、岡村の人間性を許容できるかだと思う。

 

私たちはこの騒動で稼げなくった芸人岡村がYouTubeで働きだすのを楽しみに待っていればいいんですね(見ないけど)。

 

女性蔑視、とか不謹慎、とかいうレベルじゃないと思うんだよね。ジェンダー問題とかそういうことじゃないと思うんだよね。人としてこの発言は、もうアウトです。自分としてはもう公共の場にでてほしくないですね。

 

岡村の本心を聞いてしまった以上謝罪されてもどうにかなる問題じゃない気もするが。

 

高須さん、今回の事はそれでは済まないのではないですか。いくらスポンサーが許しても、局や世間は済まないでしょう。本当にそれでいいんですか、高須さん。

 

イメージを売りにしている芸能人が心の奥底にあるゲスな感情を公に晒してしまった以上、なかなか修復は困難だと思います。お笑い芸人なら尚更、もうネタをネタだと思えなくなり笑えなくなる。

 

不快な発言を訂正して謝って済むことではない。高須氏は寛容さをアピールしたいのか知れないが、それは的はずれだろう。岡村隆史氏に処分がくだされない限り、スポンサーを降りるとしなければ岡村と同類だろう。

 

失言については謝れば許されていいと思います。ただし、本人がそういう考えの人だという事実は謝っても消えません。

 

たとえスポンサーが構わないと言っても、人の困窮を楽しみにしてるとか流石にメディアとして無理じゃないのかな。コロナウイルスにおののく様子が痛快だと言う発言に匹敵すると思うわ。

 

発言した本人が謝罪してないのに許すってどういうことだ?それに岡村の発言は今コロナで苦しんでいる多くの人を侮辱し女性を性的対象としか見てないという彼の本質が出た発言だと思う、昨年は多くのタレントが不倫で視聴者の大批判を浴びて番組から降ろされた、岡村の発言はそれ以上に視聴者の批判を浴び下手したらタレント生命を失っても仕方ないと思う。

 

今回はコロナによる「困窮」「貧困」という部分であっただけで、つまりは人の苦しむ姿を楽しめる、喜べる、面白がれる人間という部分が強烈に露呈したということで、これは今後日本に襲いかかってくる様々な自然災害、天災のときに苦しむ人々を見ても同様の発想で「人間、女性を見る」人なのかもしれない、というところまで想像させてしまった、それぐらいの救いがたい本音、本心だったということです。

 

コメント欄にもありましたが、個人的には昨今のタピオカや闇営業、税金逃れや不倫を軽く超えていく人間の「本物の怖さ」を見た想いです。

 

ではまた。

 

(出典元:スポーツ報知 4/27、オリコンニュース 4/27)

 

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