ころもです。
福原愛さん、31歳なので愛ちゃんではなく敢えて「愛さん」と呼びますが、この未曾有の世界の危機に自身のお子さんの写真をインスタアップ、反響をよんでます。
もちろん、
「空気が読めなさすぎ」という驚きの反響です。
自分の背丈ほどの卓球台に、母親が見守るなか泣きながら卓球をしていた幼少の頃から今日まで、これほど上手に勘違いをしている人もまた少ないかも。
世の中というのか、テレビで取り上げられている賞賛の多くは、大きく落とすための標高差を作る目的としての神輿(みこし)であるのに、それを自身の魅力やカリスマ性、人気と勘違いしたまま大人になってしまう人々もいます。
そういう怖さを体現した、否、現在も体現しているのが愛さんなのかもしれません。
そういう意味ではテレビが生み出したある種の犠牲者なのかもしれないですが、通常は生きて自分の頭で考えているうちに置かれている状況、立場、今後の身の施し方などを軌道修正していくものですが、幸か不幸かそんな岐路に気づくこともなく今日まできてしまった、これてしまった、来ることができたということなのでしょう。
まあ、犠牲者であることに変わりはないです。
それにしても毎回毎回これほど世の中を見ることもなく「見て見て、褒めて褒めて」の人になるとは…驚き以外ありません。
スポーツ報知(4/2付)の記事は、
2歳の長女と1歳の誕生日を迎える長男の写真をアップし反響を呼んでいるということで記事にしていますが、コロナ以前から危機意識、能力の高い人たちにとっては今回の子供の顔出しなど、ほとんど自分たちのSNSアクセス増加のための道具にしかみえないし、実際、愛さんがということではなくほとんどの芸能人の出産が「新しいユーチューブ動画」の新材料としての存在価値としかみられてないのじゃないかという危惧というのか冷酷さしか感じません。
難しく考える必要もなく、
このご時世じゃなくとも、有名人が自身の子供の顔をさらすことは危険以外ないです。
どれほど人気があっても、いい意味で人間には「賛否」そして「好き嫌い」というまともな判断、嗜好があります。
それは断罪するべきものでも、
統一するものでもなく、両者あって健全なものなのでそれ自体を非難する行為は自身の活動の領域を狭めることになるでしょう。
相田みつをさんの「みんな違ってみんないい」が折りに触れ口に出されるのは、それがもっともバランスのいい精神状態の支柱となるからです。
記事ではフォロワーの感想しか掲載していないがため「かわいすぎ」といったこの種の記事の常套句ばかりが取り上げられてますが、記事の目的はコメント欄の活性化であることを仮定すれば、今回の記事もその期待を裏切ることのないものになっているとはいえます。
ネットの声をいくつか拾ってみましょう。
可愛くて癒されますが、身内、友人内だけの方が、このご時世、今のご時世 良いのではないかなぁ~と思います。
日本や世界中がコロナで大変で、戦々恐々としている時に不必要な記事。一般人の気持ちを逆撫ですると思えないのかな、思えたら子どもの顔出ししないよなぁ。
不特定多数の人に晒すと著名人のお子さんですから色々事件に巻き込まれたり良くないですよ。
人類の危機に直面している時に家族の幸せ写真を投稿って。悪いことではないけれど、母親になったのに精神は大人になりきれていないのね。
世界中がコロナウイルスで政治も経済もスポーツ界も苦しみ破綻した旅館、店も多数ある中福原愛の幸せ報告は必要ないし迷惑千万だと言うのが分からないのかね!
今の状況でわほのぼの記事は控えた方が良いと思ってるのは私だけでしょうか?
木村拓哉 工藤の可愛くも無い娘の親バカ記事にも嫌気が出てる今日この頃ですしね。
誰にも相手にされなくなったから子供を売ったのね。
危機管理がなっていないぞ、愛ちゃん!
「それがなに?」と言わせないで、
という気持ちがわからない人は一定数います。
平和ボケというよりは、自信過剰と世の中を俯瞰するチカラに欠けているということなのかもしれません。
台湾の首都である台北は、昨年の「世界の都市安全性指数ランキング」では22位。
1位は東京なので日本よりは安全という油断があるのかわからないですが、人口当たりの刑法犯認知件数を見れば日本の約1.5倍、日本より治安が悪いということになります。
4年前、2016年の台湾警察当局の統計によると誘拐を含む殺人や強盗、重傷害やひったくり、強姦に脅迫など1,627件が発生しているのですから親が子供の顔を世界にさらして「可愛い〜」待ちをしている場合じゃないのです。
不特定多数の人たちに不要な興味や刺激のチャンスを与えないということが、自衛手段を持たないお子さんたちを守る最低限の親の努めです。
ではまた。
(出典元:スポーツ報知 4/2(木))
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