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氷川きよし自殺願望も初告白「私には私の生き方が」週刊新潮

 

 

 

ころもです。

 

 

「40過ぎてどう生きるかと考えた際、もう世間にどう言われようが、足蹴にされようが、しっかり確信をもって表現していこうと決意した。……後略」

 これは本日12日発売「週刊新潮」で語られた氷川きよしさんの言葉です。

 

ようやくというのか、初めて現状を自らの口で語ってくれた、そんな印象で今回の記事を読み進めました。

 

現在42歳。
デビューから20年目の節目を迎えた今年。

 

氷川きよしさんの”変化”はゆるやかに浸透していき、今、彼の身にいったい何が起こっているのだろうとざわついていた世間も「おそらくそういうことなんだろうな」という気持ちで見守っていたわけですが、

 

いかんせん、「そうなんだろうな」から「そうだったのか」にしたいとぞわぞわしていた矢先の「週刊新潮」直撃、初告白ということでようやく新しい年を迎える心の大掃除の一部が仕上がった清々しさを得た思いです。

 

「私には私の生き方があるし…」

 

演歌の貴公子として20年も第一線で活躍し続けてきた氷川きよしさん。

 

多くのファンを持ち、ヒット曲にも恵まれてきた氷川さんのことは存在を認識していただけでファンでもアンチでもなく、紅白で必ず聞くことができる歌手としての認識程度しかありませんでした。

 

声量もあるしわかりやすい演歌で安心して聞ける。
中高年のアイドルのような存在で夢も与えて、いい仕事をしているなという印象。でもただそれだけ。

 

異変に気づいたのは「旅サラダ」のゲストとして登場したとき。遠目に米倉涼子さんが今日のゲストなのかと思っていたら、なんと至近距離では氷川きよしさんじゃないかと驚いたのが最初。

 

人気アニメの歌を歌ってジャンル超えを披露したときは、歌唱力のある歌手なら誰でもが経験することだろうと意識もせずにいたわけですが、やはりその後のインスタでの妖艶な姿やどんどん女性化していくヴィジュアルから「そうなのか?」になり、徐々に「そういうことなのだろうな」と勝手に納得していたわけです。

 

男の世界で生きていこうとやってきたけれど…

 

「週刊新潮」冒頭で語られた氷川さんの言葉は以下のようなもの。

 

小さい頃は、ナヨっとして女の子っぽかったから、よく「オンナ!」とか「オカマ!」ってイジメられて苦労したこともあった。そういう風に言われてきたから、自分をさらけ出したらダメだと。お芝居をやっても男の子らしくしようとか、「みんな一緒にさせる」という世間のルールに沿って生きてきた。どうしても、人と違っていると貶められ、イジメられるのが日本じゃないですか。だからデビューさせていただいてからも、演歌の世界で、男の世界で生きていこうとやってきたけれど、なにか違うと思っていて……。私には私の生き方があるし、みんなはみんなの生き方がある、それでいいんじゃないかって。

ポップス以上に男性が男性的であることを求められがちな演歌界でよく耐えましたね、20年にもわたって。

 

まずその長さ、忍耐力に驚きました。
生まれてから成人するまで「期待され続けるキャラクター」を演じ続けたということならどれほど苦労しただろうかと。

 

しかしいっぽうで、

 

20年も耐えてこれたのになぜ今になってという声もあるかもしれない。今回の新潮の直撃取材を受けて氷川さんは、

 

「やっぱりデビューして20年経ったことが大きい。自分の中で、10年じゃまだ生意気だけど、20年でようやく歌手として成人を迎えたような感じがしてきて。これまでは、本当の自分を出さないように、出さないように生きてきた。女性っぽさとか透明感とか、美について自分はいろいろな見せ方を持っていても、出しちゃダメと思いながら、精一杯頑張ってきた。けれど、素直な気持ちを言わず生きてきたって思いも募って…。

みんなが求める「氷川きよし」に徹してきたけど、40歳を過ぎて、人としてもっと表現の幅を広げたいという気持ち。そもそも演歌というのは様式美、つまり、こうあるべきという型がある。日本独特の素晴らしい音楽だけれど、その中に収まらない「自分の性分」というものもあって---」

と告白しています。

 

そうだったのか、という改めての想い。

それにしても20年は長い。

 

記事のなかで氷川さんは、

 

「前略…、昨年から『ヨイトマケの唄』をカバーさせていただくようになったんです。でも、世間が求める「氷川きよし」の姿とは違う。あくまで「演歌の王道」を歩んで欲しい、男らしく生きて欲しいって言われると、自殺したくなっちゃうから、つらくて……。」

 

とも証言。

いつもハツラツとして気持ちよく歌を歌っていた印象のほうが強かったので、まさかそんな葛藤のなか苦しみ、自殺したいという想いまであったとは驚きでした。

 

なんでも幼少期から辛い体験があったため、公にこそしてなかったものの、「自殺願望」を抱き続けてきたことを明かしているのですね。

 

 

さらに驚いたのは、演歌界ではもちろんのこと歌謡界として見た場合でも成功者として映っていた、それこそ歌うことを楽しんでいたと思っていた氷川さんが、

 

…前略、これまで歌わせていただいてきて本当に有り難かったんですけど、楽しいと思えたことは正直なかったのかなって。周囲のプレッシャーがあって、期待に応えようと思うほど、体調を崩したり具合が悪くなって、パニックを起こして精神的に落ち込んだりしたので……

 

と語ったこと。

 

楽しいと思えたことは正直なかったのかな?

 

この記事を読み終えたあとにこれまでの紅白やら歌唱のシーンを今一度振り返ってみたくなる衝動に駆られます。

 

自分を解放したいという氷川さんの想いをしかし、事務所社長は「きーちゃんらしく生きていった方がいいね」と寛容にも受け入れてくれたというのだから恵まれているというのか、有り難いことでしたね。

 

20年を経て、今はようやく「歌が楽しいと思えるようになった」といいます。

 

まさに冒頭にかかげた、

 

「40過ぎてどう生きるかと考えた際、もう世間にどう言われようが、足蹴にされようが、しっかり確信をもって表現していこうと決意した。……後略」 

の心境ですね。

 

いいと思います。

 

他人の期待に応えるために生きているわけじゃないですから、誰にとっても人生は一度きり。たった一度、一回ポッキリのぶっつけ本番。

 

好きに生きるがすべて。

自分の気持を押し殺して他人からの評価を得ても虚しいだけ。

 

もちろん、「好きに生きる」ということには責任が伴うわけなのでそこは覚悟をもって挑まなければいけないし、いわゆる好き勝手をして他人様に迷惑をかけるということとは違う意味での「好きに生きる」ならば、最初が最後ではないのだし、変容していくことも自由、歌うことが楽しいと思えるようになって本当に良かったですねと、応援したい気持ちです。

 

驚きはしますが、それもまた「妙」。

 

離れるファン、新たにつくファン。

いいじゃないですか。

 

どんな生き方や価値観にも必ずアンチはできる。

ファンもいればファンじゃない人もいる。

 

当たり前のことに拘泥されず、この世に一人しかいない自分を解放して満足のいくまま死ねるならそれに勝る幸福はないと思います。

 

紅白、楽しみになってきました。

 

ではまた。

(出典・引用元:「週刊新潮」2019年12月19日号)