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矢口真里の長男抱っこ画像に「いじめられそう」懸念の声

 

 

ころもです。

 

 

人の噂も75日。

そうはいっても戯言で、本当に忘れていけないことは人間いつまでも記憶しているもの。

 

元「モーニング娘。」の矢口真里さん36歳が自身のインスタグラムを更新し、生後2ヶ月の長男を抱っこした親子ショットを公開しましたね。

 

「スポーツ報知」の記事では、一見すると微笑ましいその親子ショットについた「可愛い、幸せそう」といったコメントだけをピックアップして掲載していますが、その実「批判コメント早く来い」という意気込み満々であることが手に取るようにわかります。

 

案の定、この記事に対する世間の反応は非常にシュール。

 

赤ちゃんの可愛らしさや一般的な「子を持つ母親」の気持ちに共感する心は残しつつ、矢口真里さんそのものに対する風当たりはまだまだ強いというのが実情のようです。

 

 

子供はインスタのコンテンツ(内容、中身)でしかない!?

 

 今さら矢口真里さんの不倫内容を詳細に書かずとも「矢口真里さんの件」といえば話が通じるほど、まだまだというかこの先もおそらくずっと「例の件」は人々の記憶にとどまり続けるのじゃないでしょうか。

 

少なくとも自分の中では刻もうとして刻んだわけでもないのに、しっかり記憶に刻まれてしまっています。

 

なので詳細には触れませんが、

 

その過去の一件に触れないことを都合よく解釈し、インスタグラムのコンテンツ(内容、中身)のようにして子供の姿、顔出しを世界に向けて発信するということはあまりに自己中心的過ぎるのじゃないかというネットの声が噴出しているのです。

 

もちろん人間だから過ちもある。

人生は何度でもいつからでもやり直しができるのだから、過去を水に流して再出発することも大事ではある。

 

 

けれども、

 

それが「全てにおいて等しく」通じることかといえば、残念ながらまだまだほど遠いというのが現実であって、そこを憂いても人間の「海馬」そのものの構造にまで及ぶ話になるので事はそう単純明快にもいかない。

 

言えることは、子供の将来は親のものじゃないということ。

 

まだ右も左もわからない、何が正しくて何が正しくないのかの判断もつかない赤ん坊を顔出しで世間にさらすことの危険性をなぜに考えずにお飾りのように子供とのツーショットをアップして悦に浸っていられるのかという不思議です。

 

 

批判を恐れずに言わせてもらうなら、子供が生まれたことで何かしら人間としてのステージが上がったと勘違いしている人が芸能人には特に多いように見受けられるのですが、そこを指摘すると少子化に水を差すと批判される。

 

可愛がるなということではもちろんなく、可愛がっている自分を世間に画像まで撮ってアピールすることで過去の出来事を払拭できたように勘違いするのは「何か違うな」と個人的に思うわけです。

 

ましてや矢口さんの場合は、あれほどの醜聞があって「時間がただ経過した」だけの現在の状況という認識を多く持たれているのですから、芸能人の子供というだけでイジメの格好の餌食になりやすい要素にさらにインパクトを与えるべく顔を晒す必要などないわけで、そこを本人に成り代わって世間は憂いているのだろうと。

 

 

ちなみに…

 

この褒めそやすコメントだらけの記事についた一般的なネットのコメントを拾ってみると、

 

  • なんでみんなに公開しようとするの?その息子さんは不倫した子って言われるわけでしょ?息子がかわいいのは親だけなの。攻撃する人はするんだよ。
  • そんな簡単に大切な可愛い我が子をSNSなんかにアップしない方がいいと思う。まだ赤ちゃんだからわからないけど、ある程度の年齢になって顔がはっきりしてくると、誘拐されることだってある。
  • 子供は数年後に親父がクローゼットに入ってたのを知るんだろな
  • 子供に全く罪はないが、親の罪をいつか自覚しなきゃいけないなんて。他人事ながら、心が痛むわ。
  • 本人たちは『真実の愛を貫いた』し時間が解決したつもりなんだろうけど。多くの人にとってはいまだに、前代未聞のふしだらって認識だからね。
  • みんなが言ってるように前旦那にした事を忘れてはいけない。相当ひどい事をしたんだよ。
  • 皆そう簡単には忘れないよ。子供さん、どう言われていくのか…悪意ある人間なんて沢山います。その悪意から、その都度守れないでしょ?
  • 家庭をもって幸せに過ごすのは良いと思うけどママタレになろうとSNSで子供をアップしてるのであれば過去の失態を考えたら世間は失笑するでしょうよ。もう辻希美のようなママタレントは無理だと自覚したほうが良いのでは?
  • 可哀想な息子、、、大きくなったら、気づくんだよな。

(引用元:スポーツ報知 10/11(金))

 

極論を言えば、

 

本人がどういうつもりかなど関係なく、この時代、この世の中の状況を知っている世間からすれば、自分の子供の顔を不特定多数の人間が見ることのできるSNSにあげるという親の行為はすなわち、

 

子供のことなど本当は愛していない

 

と映るし、そう理解されても「ぐうの音も出ない」行為なんだということを知る必要があるということです。

 

それでも刹那的に注目を浴びるための小道具として物事の善し悪しもわからない子供を使いたい、世界に発信したいということなら話は別です。

 

これほど安上がりでイメージアップにつながる効果的なコンテンツもないということなら仕方ありません。

 

ただ、それができる親を未来のその子供がどう思うのか。

そこまで考える思慮深さが求められます。

 

ではまた。

(引用元:スポーツ報知 10/11 12:16配信)