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麻耶の夫は精神安定剤の役目で芸能人に!?デイリー新潮の見解

 

 

ころもです。

 

あまりに馬鹿馬鹿しくてブログを読むこともなくなった”ある芸能人”。

それでもヤフーニュースをスクロールすれば「見覚えのある顔」がふと目に入り、もしやこれは「小林麻耶さん?」ということで記事を読むという流れに。

 

術にハマった感が半端じゃないですが、タイトルの胡散臭さと、その胡散臭さこそが王道とすら感じる夫婦の記事に思わず目を通してしまうわけです。

 

今回の記事は14日配信のデイリー新潮。

 

なにせ冒頭がイケてます。

 

出しゃばらなければいいのに、と思わずにいられない。 

 

これは思わずほとばしってしまった記者個人の本音、という感じがして導入の仕方としてはなかなか。

 

もうちょっとだけ読んでみようかという気にさせる。

 

 まさに、夫は”こぶ”状態!?

 

このデイリー新潮、電子版に張り付いている履歴書程度の写真に映る小林麻耶さん。

 

遠目には「脱ぶりっ子キャラ」に成功したような多少垢抜けたアラフォーに変身した感じに見える。

 

変わることのなかったボブから毛先に遊びを入れシャギーも入った写真のヘアスタイルは、年齢に抗おうにも劣化激しく抗いきれない苦しさを物語っているようでさらにズームしたいという欲望を駆り立てる。

 

そしてやってしまったわけです、拡大という作業を。

 

まだ40歳のはずの麻耶さんの劣化具合にまず目を奪われました。

これはプラス15歳は余裕でいくだろうと思えるほどの状態では……

 

以前と違い眉毛や額が若干見えるような梳いた前髪はいいけれど、眉上一直線で額と眉を隠していたぱっつん状態がなくなったことで実年齢が溢れ出てしまった印象です。

 

面影はあるけれど、ぶりっ子キャラで拳を両頬につけてクビを傾げるポーズはもはや封印せずにはいられないだろうなと思えるほどのアラフィフ感。あるいはそれ以上の貫禄が全体に漂っているではないですか。

 

しかしそれでも矛盾や恥を顧みず芸能界に出戻ってきた麻耶さんの根性はある意味大したもので、それ自体は”好きに生きたらいいのです”の境地なのですが…

 

今回の本題に戻ると、

 

その夫「あきら。」こと國光吟(あきら)さん36歳こそ「どうなの?」状態が未だ続いているわけです。

 

デイリー新潮は今回いい具合にしつこくそこに言及しているので、非常に痛快なのですね。

 

記事では、

「事務所側に勝算があって彼に声を掛けたわけではないようです。小林の精神安定剤として必要とされただけ。親が芸能人で親子一緒の移籍話というのは聞きますが、夫という“こぶ付き”での移籍は例を見ませんね」 

 とテレビ局関係者の談を掲載。

 

なんとはなくそうじゃないかと視聴者はそれぞれに腑に落としていたところはあると思うのですが、

 

やはりか

 

という感じではないでしょうか。

 

たまの週刊誌、ありえない夫婦揃ってのテレビ出演。

麻耶さんのいるところに必ずといっていいほどついて回っている夫。

 

宇宙ヨガインストラクターとして名を馳せていたであろう過去の記事が仮に事実なら、周囲が何といおうとそれを過去のキャリアとして堂々としていればいいと思うのになぜかご法度のように整体師へと微妙に名前を変え、気がつけば麻耶さんの芸能界復帰の目玉のような存在として同じく芸能界入を果たしてしまった「あきら。」さん。

 

それは誰だって「?」になるはずです。

 

夫婦揃ってのテレビ出演で見ることができる姿はすべて「優しく妻を見守る夫」状態であるし、麻耶さんもマトリョーシカのごとく出演する番組でいかに夫が優しいかのトークを飽きもせず繰り返すばかり。

 

芸能人というカテゴリーの広さと寛容さに胸打たれるほど世間は甘くなく、

 

なぜにあの人が一緒に芸能界入りしたのか?

 

という疑問は募るばかり。

 

デイリーの記事では「さんま御殿」に出演した際のことも、

「夫婦での惚気エピソードを小林と話すだけでした。ピンでのキャスティングは有り得ないので、わざわざ芸能界入りする必要はなかったですね。以降、國光のテレビ出演はありません」

と先述のテレビ局関係者が語り、その呆れた様子がしみじみと伝わってくる。

 

いい人そうな優しい笑顔。

でも、それ以上に気になる「なぜ芸能界に?の尽きない疑念。

 

しかしそれもこれも「小林の精神安定剤として必要とされただけ」という意見の一致で氷解したという感じです。

 

もっとも今回のデイリー新潮の記事の最後では、この結婚を機にタレントになった比較対象として加藤茶さんの奥さん、綾菜さんの需要について語っているわけですがその必要もないでしょう。

 

彼女は「誰なんだ?」という世間からの耳目から注目を浴びた人というよりは「何が目的なんだ?」といった側面からの注目だったわけで、

 

「結婚当時、財産や生命保険狙いと散々言われていたが、臆することなくテレビに出ては様々な企画に挑戦したり庶民的な手料理を披露していた。そして好感度が少しずつ上がってきた今年、満を持して友人の鈴木奈々の芸能事務所に所属したのです。結果、オファーがかなり来ています」 

 と明かす芸能事務所関係者の言葉にもあるように、歳月という重い実績を引っさげての芸能界入りですし、実際オファーがかなりあるということなら在籍だけが長いタレントよりはよほど需要があるという点で意味はあるのでしょうから、まったく「あきら。」さんとは土俵が違うといっていい。

 

パートナーの隣で微笑むだけで芸能人としての仕事が成立するなら、もはやこの世界を芸能界と呼ぶことすら躊躇しなければならないし、ネーミングを根こそぎ変えなければ本気の芸能人がやってられないのではないでしょうか。

 

微笑むだけの芸能人のために、才能ある若手の芸能人の椅子がひとつ奪われることは誰のためにもならないし、貴重な時間を割いて面白トークのひとつも聞きたいと思っている視聴者にとっても「あきら」かなる損失のひとつ。

 

「さんま御殿」の限られた椅子を埋めるにはあまりに芸がなさすぎる。

 

あの席はさんまさんが公言するように「戦場」なのだから、戦う武器もない人間が笑って座っていてはいけない。

 

個人的な感想ですが、あの席に座る人間は「精神安定剤」程度の役目では場違いも甚だしいとしか言いようがありません。

 

ではまた。

 

(出典・引用元:デイリー新潮 10/14(月))

 

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