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浜崎あゆみ 松浦勝人が一生に一度「身を滅ぼす人」の弱さ

 

 

ころもです。

 

 

百歩譲って、これが独身者で三浦春馬クラスのイケメンならば「交際していた」事実を公表したくなる気持ちもわからないではない。

 

けれども、

 

過ぎ去った恋のお相手が、別の女性と生涯の愛を誓い合っている既婚者かつ松浦さんということが、たとえ今回の暴露話が事実だったとしても「なぜに今さらそんな話を」となるのじゃないでしょうか。

 

 

どうにもこうにも恋愛していた姿が想像できない

 

出来ないと言われても「事実そうだったんだから」と何度言われようと、やはりあの「絶望三部作」が創作されるほどの恋を”あの方”としたということに現実味を感じることができない、というのがこちら受け手の素直な感想なのだからどうしようもない。

 

経済的な事情があるのか、ただの話題作りなのか。

 

戦略なき戦術があるとは思えないので、そこは「目指すべきもの」があって今回の暴露本出版になったとは思うのですが、その戦略が戦略になってないと思われているところが「最大の出し物」のようになっているのがまた切ない。

 

本日配信された日刊ゲンダイデジタルの記事を読んでいて思ったことは、

 

浜崎あゆみさんに取材をし、小説仕立てにまとめたノンフィクション作家の小松成美さん自身ですら、今回の出版の意図を掴んでいないのかもしれないということです。

 

 

日刊ゲンダイの記事中で彼女は、

 

「デビュー20周年を昨年迎えたわけなんですね。平成の歌姫と呼ばれた彼女が令和になったわけですが、その時代にも歌い続けていくという思いを何か形にしてファンの方たちに届けたかったのでは」と、浜崎の心境を推察。

とあり、心境を「推察」していると記述されています。

 

「推察」というのは「他人の事情や心中を思いやる」という意味ですが、本人に取材して本を仕上げる立場にある当事者ですら、その真意をはかりかねた、あるいは推察する以外なかったということなのでしょうか。

 

そんなふうな解釈を許す書き方でもありますが

 

だとしたら、これは誰のための本なのか、という世間一般の率直な疑念、疑問というのは一番正しい反応だし、それしか引き出せなかった出版の意図というものがますます不透明だということになってしまう。

 

この浜崎あゆみさんと育ての親といっていい松浦会長との「秘めた恋」というのは、マスコミ関係者の間では「言わずもがなの有名な話」だったとも記事にありましたが、それはマスコミ関係者ほど断定的な事実としての把握はなかったにせよ、多くの洞察鋭い人々の間では「まことしやかに」語られていた部分でもありました。

 

ただそれらは、

 

まことしやかに(あたかも真実であるかのように)語られている範囲内でとどまるべきものだし、そうするのがファンあっての商売をする人間の最低の礼儀というものでしょう。

 

それを今回侵したという意味で非常に罪深いなと個人的に強く思います。

 

お笑いコンビ「おぎやはぎ」の小木さんが一昨日のラジオで、この本の発売に関して「一番やっちゃいけない」と痛烈批判したのはもっとも。

 

矢作さんも、二人の出会った場所がベルファーレのVIPルームであったことを「どんだけチャラいんだよ」と切って捨て、それまで抱いてイメージを裏切ってないなと揶揄するような部分も垣間見えて興味深いし、そんなチャラい部分をさらけ出す彼女への屈託ない冷笑も自分のチャラさとからめて非常に的を射たコメントだなと。

 

 

好き嫌いはあれど、

 

ある程度のセールスを極め、エイベックスを支えるほどに売れていた時代があっただけに、その栄華を支えた時期と綺麗にオーバーラップしていたときの恋のお相手が、その企業のトップであったという事実は墓場まで持っていくべきでしたね。

 

ブラピやジョージ・クルーニーが相手だったならおそらくこれほどのざわつきはなかったかもしれないと想像すると、結局そこが一番の不可解な部分だったのかと妙に納得する部分もあったりして、なんだかしょうもない。

 

今は長瀬智也さんがどういう心境でいるのか。

それが知りたいようなどうでもいいような、そんなところか。

 

 

ではまた。

 

(出典元:日刊ゲンダイデジタル 8/3(土)配信) 

 

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