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三浦祐太朗コンサートで百恵の曲カバーも「歌心がない」の評

 

 

ころもです。

 

 

三浦百恵さん。

盗撮されて気の毒ですね。

 

「女性セブン」に掲載された日常の何気ない一枚。

たしかに昔の百恵さんとはつながらないし、街やスーパーですれ違ってもおそらく懐かしい感じはしてもそれがあの「山口百恵さん」だとは気づかないかもしれない。

 

体型も着ている服も髪型もカバンひとつとっても、いい意味で突出しているものがなく日常の風景のなかに溶け込んでいる。

 


髪型も流行を追うことなくありふれていて、還暦といわれればこれ以上ないほどに還暦とも貫禄とも言えぬ「安定の菩薩のような」オーラが漂っている。

 

一時代を築いてそこを去り、見事に山口百恵という作品を完結させ新たな世界で家庭を作り趣味をきわめる。

 

芸能界を出たり入ったり、周辺をうろつくだけで何も残せない「芸能人もどき」の人がはびこるなかで、過去の栄光をきっぱり手放し、振り返ることなく日常に埋没していった百恵さんの潔さは今なお伝説になっているわけですが、そんななかで、ちょっとだけ気になることが、

 

それは…

 

長男の三浦祐太朗さん(35歳)でしょうか

 

次男の貴大さん(33歳)は順当に俳優人生を歩んでいるようですが、この長男の祐太郎さんの存在がなんとも百恵さんの潔い人生の「足かせ」のようになっているようにも割れて個人的にはまどろっこしいのです。

 

母親の潔さとは真逆にあるような、歯切れの悪い芸能人生といったほうがいいのか。

 

シンガーソングライターとしてヒット曲に恵まれないからといって、あろうことか歌手として大成功した母の作品をカバーして歌うという暴挙。

 

これが許せない。

 

すでに完結し、絵画でいえば美術館でたまに鑑賞して楽しむレベルにある作品を、評価の高かったものから盗み出すようなやり方はそれが肉親であっても決してするべきではない。

 

そういう意味では、子供のためとはいえアーティストを離れ母親目線になってしまった百恵さんの判断というものはだいぶ狂ってしまった部分もあるのかもしれません。

 

 

百恵さんが歌って売れた歌は、

 

山口百恵というモチーフがあればこそ出来上がった歌。

それを親子といえどまったく違う人格が歌えば、そこで花開いていた詞も曲もすぐさま借り物のようになり、輝きを放つどころかキャラと楽曲がミスマッチすぎてひとつの作品として成立すらしないことになる。

 

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それがため、彼が歌う母親の曲はどれも心に響かず届かず、インストゥルメンタルのように空間を漂うだけになってしまうのでしょう。

 

なぜなら、それは彼の歌じゃないから。

 

彼のために作られた楽曲じゃないからしょうがない。

 

彼の音楽性云々ということ以前に、彼を採寸して作られたわけではない服が彼に似合わないのと同じ意味でまったく彼を引き立たせることができないのです。

 

 

そんなことを言ったら二世が可哀想だ。

どんなに頑張っても二世は親を越えられないと言っているも同然じゃないか。

 

という声があるとしたら、もちろんそれは違います。

 

越える事自体が間違っているのですよ。

そもそも違うのだから。

 

交わる必要がないのです。

 

同じ曲を歌って競い合うこと事態がそもそも無駄な批判を生んでいるのであって、徹頭徹尾違う道をただ自分の道として受け止めて歩いていけばいい。

 

そこで仕上がる曲がたとえヒットに結びつかなくても、彼が音楽を愛しているのならそれはそれで完成された幸せな姿だろうし、その姿や歌声に共鳴し、ファンとなる人々が生まれていくでしょう。

 

越えようとするから越えられない。

 

そもそも「越えるべき存在ですらない」ということに気づかなければ、乾いた歌声で母親のヒット曲を歌い、なぞるだけの虚しい「コピー人生」になってしまう。

 

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「馬鹿にしないでよ♫ そっちのせいよ」

 

 

無表情でドスをきかせながら歌う山口百恵さんには、それを言えるだけの背景やストーリーがあった。

 

背負うものがないとはいわないけれど、全く違う土壌と背景で育った以上、どれほどヒットし、ファンの指示を得た楽曲を小手先で喉を鳴らし上手に歌っても鼓膜を響かせるだけで心には届かない。

 

三浦祐太朗さんが母親の曲をカバーするのを何度かTVで視聴し、そのたびに思うことは「いつまで借り物の人生に甘んじているのだろうか」ということです。

 

親の金を相続するように、親の栄光を想像して何が悪いんだ、などと思うような人じゃないのは十分伝わっていますが、今のままでは親の栄光のおこぼれにあずかり、すがっている人生にしか見えません。

 

七光の苦労もあるでしょう

 

しかし本当に実力がある人間なら、多少時間はかかっても名前も伏せてのしあがってくるのも事実です。

 

伝説となっている母親と、現役俳優の息子として生きる辛さも計り知れないですが、チャンスがあるだけでも十分に幸せです。

 

素性を隠さず軌道にのったところまではいいとしても、そのレールを走るためにくべる薪ぐらいは自分で調達しなければ何が面白いのだろうと、そう思うのです。

 

百恵さんは楽曲をカバーされることを快諾したといいますが、快諾したから納得しているということでも満足しているということでもないのはわかるはず。

 

シンガーソングライターとして母の楽曲を歌い続けるより、シンプルにシンガーとしての自分になって、色々な作詞作曲家に歌を作ってもらうという形をとってみるのはどうでしょう。

 

さわやかなルックスと素直そうな人柄は他にもいろいろ活かせるだろうと思うと、勿体無いとも感じます。

 

百恵さんは非凡なる「平凡」を楽しんでいるのがわかる容姿になった。

そんな母が築いた世界観をファンたちもまた大事にしていることでしょう。

 

これからの人が、母の歌でしか勝負できないと言われるのは残念すぎるし勿体無い。そう思っている人は決して少なくないと思います。

 

ではまた。

 

(出典:『女性セブン』8月15日号)

 

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