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海老蔵のブログ依存を精神科医は「空虚感と孤独感」と分析

 

 

ころもです。

 

本日発売の『週刊新潮』に興味深い記事が掲載されていました。

 

タイトルは、

どうしても「海老蔵」がやめられない「ブログ依存」を精神分析

 というもの。

 

精神科医の片田氏いわく、

「睡眠時間を除けば、30分に1回のペースで投稿していることになりますね」 

 と。

 

30分に1回?

 

それって、精神分析をするとどういうことになるのか。

 言わずにいられない精神状態を分析

 

先述した精神科医の片田氏は”多いときで1日に39回もブログ更新してしまう”その海老蔵さんのブログ依存について、

 

「スマホを手放せないなら依存の可能性も否定できませんが、吐露せずにはいられない思いや感情があるのだと思います。ブログの内容を見ると、空虚感と孤独感が見て取れますから」

 

と分析。

 

なるほど、空虚感と孤独感、なにより「吐露せずにはいられない思いや感情」があるということですか。

 

う〜ん、しかしこれは精神分析を待つまでもなく、ふつうに推量できることですね。

 

それに海老蔵さんに限らず、誰だって吐露せずにはいられない思いや感情はふんだんにあるし、空虚感と孤独感と上手に付き合いながら、歩み寄ったり離れたり、そういった感情を自分なりにあしらいながら一日、また一日を積み重ねて「今日を生き抜いて」いるわけです。

 

きつい言い方をするなら、そうしたいと思ってそうできる環境に恵まれているということでしょう。

 

記事にもありますが、

普通の会社員ならそんな「30分に1回」といったブログ投稿ができるわけもない。

 

空虚感や孤独感と二人三脚、やるせない、吐露せずにはいられないどころか、叫び出したいほどのさまざまな理不尽さや不条理さを抱えながら日々を生きている。

 

アメブロという、膨大なるアクセスを集めることのできる芸能人にとっては美味しすぎる収益の仕組みが、誰もがやり過ごす感情をブログ更新に向かわせるだけのことではないのでしょうか。

 

どれほどアクセスがブログに集まったところで、それが「1円にもならない」としたら、今月15日に急性咽頭炎で休演を発表するほどに多忙を極め、疲弊している海老蔵さんは果たしてブログを今ほど更新するでしょうか。

 

精神分析医は、

 

「麻央さんを失った喪失感と、それを埋める子供の存在が癒やしになっていることが分かります」

 

と、今月10日に結婚式の写真ということで今は亡き麻央さんとのツーショットを眺める勸玄くんの姿を投稿した海老蔵さんについて語っていましたが、分析医でなくてもそう解釈しています。

 

個人的にはこの分析医の語る内容を尊重しながらも、歌舞伎担当記者の、

 

「更新頻度は公演中でも変わりません。歌舞伎を見ない人にも振り向いて欲しいのでしょう。実際、7月大歌舞伎はチケットが完売。彼の思いは実を結んでいると言えます」

 

といった現実的な意見のほうがしっくりきます。

 

もちろん、

 

麻央さんを失った哀しみに嘘はないでしょうが、身内を亡くす経験をしたことがあるのは海老蔵さんだけじゃない。

 

世の中の多くの人が親しい人を亡くしている体験を持っているのだし、だからといってブログ更新をしただけで毎月何百万もの収益を手にするわけではない。

 

そういった意味では、特別でもない「哀しみや空虚、孤独」を吐露することでお金になる立場であることは、それがその人の実績や才能ゆえのものであったとしても、決して嘆かわしいことでも同情されるに値するものではないわけです。

 

海老蔵さんは今年、Amebaブログオブ・ザ・イヤーを受賞しているそうですが、「働き方改革」をしていることの中身に、この頻繁すぎるブログは該当しないのでしょうか。

 

1日39回のブログ投稿、それが30分に一度の更新によるものだとしたら、それこそブログ更新時間にこそ「働き方改革」を取り入れてもよいのではと素人感覚で思うのですが、それにもまさる「手放したくない」ものがブログにあるのだとしたら、あとは”ほどよくお付き合いする”しかないのでしょう。

 

ゾンビの夢を13日に見て何度も起きたという投稿について精神分析医は、

 

「フロイトによれば、夢というのは願望充足なんです。自らの願望が歪曲されて現れ、満たされるのが夢。海老蔵さんの場合は麻央さんに会いたいという願いが、無意識下に強くあるのではないでしょうか」

 

と語っていましたが、それも海老蔵さんに限らずですね。

 

今回は頻繁過ぎる海老蔵さんのブログ依存について精神分析医が語っていたわけですが、空虚さや孤独や吐露せずにはいられない思いという人類に共通する理由だけで恐ろしいほどの更新回数を説明するにはちょっと物足りないという感じがします。

 

結局は、それが「お金になる」からではないでしょうか。

 

アメブロのPV数によって収益が入るという仕組みが、芸能人を本業以上にブログへ誘導してしまうということではないかと。

 

蛇足ですが、

先日、堀ちえみさんを脅迫したということで北海道の主婦が書類送検された一件がありましたが、命の危険を感じるほど、警察沙汰になるほどの危険性をはらんでいるブログであるにもかかわらず、堀さんは「これからも応援宜しくお願いします」と続行の意思を見せています。

 

これなどまさに、蟻地獄のごとく、一度はまったら離れられないアメブロの収益の美味しさを物語っているのじゃないでしょうか。

 

命をつなぎたくて闘病してきた人が、せっかくその危機を乗り越えたといっていい段階にきたというのに「食べログのようなブログ」によって見知らぬ人物から脅迫され、命の危険にさらされるなどナンセンス。

 

そんな本末転倒のことが現実に起こり世間を騒がせているというのに、その騒動の元となるブログを綴り訴えることになった当事者側の堀さんはすでに「私は気にしていません」とブログを更新し続けている。

 

このブログへの執着にはさすがに鈍感な読者も大いなる違和感を抱いたのじゃないでしょうか。

 

今回の海老蔵さんのブログ依存を分析した記事に照合するなら、

 

堀さんは吐露せずにはいられない思いをいやというほど吐き散らすことができる大家族の主婦であり、孤独や空虚感をなぐさめる以上の怖い思いをブログを書くことで体験したわけですから、「ブログを閉鎖する」という決断に気持ちが動くのが自然だと思うのですが、それは選択肢として今のところないようですね。

 

仮に最初は「吐露せずにはいられない思い」などを綴ることが闘病における慰めや励みになるという存在だったとしても、書類送検される主婦が出るほどの危険なブログに変貌してしまったのだとしたら、もはやそれは「慰みや励み」の真逆にある不安材料でしかないわけなので通常は迷うことなくやめる選択をしても何もおかしくはない。

 

けれどやめない。

むしろ、これからも宜しくお願いしますと綴る。

 

つまりブログ投稿の目的は「生きるよすが」的なものでも慰めのようなものでもなく、もっと現実的な収益にこそあると語っているようなものじゃないでしょうか。

 

解釈は人それぞれですが、海老蔵さんのブログ依存、スマホ依存の記事を読みながら堀さんの件がまっさきに浮かんだことは事実です。

 

ではまた。

 

(出典元:『週刊新潮』2019年7月25日号)

 

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