毒舌ころも

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堀ちえみ「最終的な私の目標は…やはり皆様の前で歌う事」

 

 

ころもです。

 

 

勇ましいのはいいのですが、肝心なことが抜けている。

それは「疑惑を晴らす努力」です。

 

さらに言及するなら、それは自己申告による疑惑払拭ではなく、本人が要請すれば入手可能なはずの客観的証言、あるいは証拠の開示ということになるでしょうか。

 

一部ファンをのぞいては名前があがることすらなかった元アイドルが世間の耳目を集め、その注目によってブログアクセスが急上昇し、それに比例してブログ収益が飛躍的に増えたという事実があるのなら、それは人気ゆえのものというよりは「疑惑解明」のために必死に読者がアクセスした結果のことだと思うわけです。

 

静まらない世間の詐病疑惑。

「舌癌・ステージ4」を奇跡的に克服したという自負があり、それが真実なら、堀さんにとってこれほど屈辱的で腹立たしいこともないはず。

 

そうです。

 

舌癌公表時に目頭を熱くして応援していた人々、そして何より自分自身の名誉回復のために今堀さんができることは、誰でもが作れる料理レシピの公開や犬の散歩や夫婦の寸劇ではなく、己にいま降りかかっている「詐病疑惑」を全力で払拭すること、それしかありません。

 

死ぬほど苦しい思いをしたなら、筆舌し難いほどの地獄から這い上がってきたのなら、その苦しみを知らない読者や視聴者たちに「本当は嘘なんじゃないか」と疑われてどうして平気でいられるのか、なぜ疑惑を晴らす方法があるのにそれをしないのか、それが疑問なのです。

 

雑音に応える義務はないというのなら、それもひとつの答えでしょう。

 

けれども、「雑音を消す方法がある」のに耐える必要がそもそもあるのかという新たな疑念が生まれてしまう。

 

ましてやその「雑音」がただの雑音ではなく、堀さんが「私のことはほっといて!」と悲鳴をあげたくなるほど神経に触るものなら、それこそ「とっとと」客観的な証言や証拠をブログなり番組なり雑誌などで提示すればいいだけのことです。

 

何でも食べられることや毎日の外出、ブランド自慢が問題じゃないのです。

事の本質はそこじゃない。

 

なぜ、疑惑を晴らそうとしないのか。

その一点です。

 

出せる証拠がない事案ならまだしも、堀さんには沢山の信頼のおける医療スタッフや名医がついているのでしょうから、その方たちに一声かければいいだけのことじゃないでしょうか。

 

堀さんは昨日の最終投稿でこんな発言をしてますね。

 

最終的な私の目標は、

「やはり皆様の前で歌う事です」

 と。

 

需要云々はおいといて、先に目標があることはいいことです。ただ、「詐病疑惑」を背負って立つには、あまりに高い山かもしれません。

 

名誉を挽回できるのは堀さんしかいない。


それをせずに食べ歩きブログで本題から逃げているように見えるから、応援していた世間の人々は懐疑心が拭えず、真相を知るために今日もブログをのぞくのです。

 

堀さんは応援しているファンに感謝の気持ちをよく綴っていますね。

表層的な部分だけをほめそやすブログファンに安住することなく、堀さんの未来を左右する、厳しくも実は愛ある助言をする「本当のファンの声」にこそ耳を傾ける必要があるのじゃないでしょうか。

 

これからの堀さんを支えるのは、耳障りのいい、その場しのぎの言葉しかいえないファンではなく、反発したくなるほど耳の痛い助言をしてくれるファンであり読者です。

 

「命あるなら
とことん生き抜け!」

 

そんなバイタリティあふれる言葉も昨日は綴ってますね。
そういった言葉に励まされる読者もわずかでしょうがいることでしょう。
 
そういう読者を裏切らないためにも、
 
れっきとした証拠を
どんどん出していこう!
 
じゃありませんか。

 表に立つなら、疑惑払拭は”必修課題”

 

昨日7月12(金)のブログ更新数は全部で6記事

以下、タイトル。

 

・08:31 雨の一日となりそうですが パァっと行きましょうね!

・10:52 ヘコタレナイ精神

・13:06 午前中は家事を済ませて

・14:15 ちょっと贅沢なプレートランチ

・21:22 久しぶりにジンギスカンを食べましたよ

・23:24 リビングで夫婦ゆっくり話をして

 

 

さっそく見てみましょう。

 

昨日12日(金)の1記事目

・08:31 雨の一日となりそうですが パァっと行きましょうね! では、

 

おはようございます。
昨日の午後から降り始めた雨。

降ったり止んだりを繰り返していましたが、
今朝起きたら本降りでした。

 相変わらずの曇り空。

今朝は和食で。

甘塩鮭を焼いて納豆と、
もやしのお味噌汁。

 一人分だけの朝食画像。

夕飯は人数分必ず画像アップするのに、朝食は毎回といっていいほど1人分のみ。

これ、普通に考えて朝は一人だけ遅い時間に食べているのだろうなと思うし、思われても仕方のない統一感のなさです。

 

昨日九州物産展で購入した、
あごだしを使いました。

今までに
液体のタイプや、
煮出しタイプのあごだしは使いましたが、
顆粒のものは初めてでした。

使い易いし香りもしっかり出てくれるので、
風味も良くて購入して良かったです!

朝は特に手軽に使えるものは、
楽させて貰えるので有り難いですね。

今日も主人の玉子焼き。
子供たち大喜びです。

 

取ってつけたような、
 
という表現がありますが、まさにそんな感じ。子供たち大喜び。毎回ですか?
帰宅も遅く朝も早い一家の大黒柱が本当に早朝から玉子焼きをせっせと焼いている事実があるのなら、大喜びだけじゃなく、申し訳ない感情になって「いいからゆっくり休んで」というやりとりがあってもおかしくないですが、そういうことじゃないのでしょうね。
身体の方は…

昨日久しぶりに整体を受けたので絶好調です。

足の付け根の、
リンパの流れを良くするストレッチを、
今朝はやりました。


両足の裏をくっつけて、
そして膝の外側を床につけ、
その状態でさらに前のめりになるストレッチです。

これが気持ちいいんですよ。

さぁ!こんな雨の日も、
元気出して行こう!

今日は金曜日。
明日から三連休です。

今日も素敵な一日を

 

視野が狭いとこうなります。
 
世の中にはサービス業というものもあり、その方たちが三連休も働いていてくれるからみんなが楽しみをつつがなく享受できる。
 
なので、「明日から三連休です」は不要。
どうしても言いたいのなら、「明日から三連休の方も多いことでしょう」どまりです。
 
 

 

2記事目

・10:52 ヘコタレナイ精神  では、

昨日はテスト返却がある為、
登校日だった娘彩月。

昨夜遅く食事から戻った後、
リビングにいた主人と私に、
全教科の答案用紙を持って来ました。

自分が思っていた以上に、
点数が良かったみたいで、
とても嬉しそうでした。


一言コメントを書いて下さる先生もいらして、
心が温まりました。

高校生にもなると、
どちらかと言えば、
先生と保護者の繋がりよりも、
生徒自身との繋がりの方が強くなります。

「沢山の生徒の答案のチェックだけでも
相当大変なところ
一言までいただけるのは感謝だね!」

と彩月と話していました。
 

 

彩月さんから許可を得ているという判断でいいでしょうか。

まさか許可なくテストの点数が良かったようだ、嬉しそうでしたなどと書いていいはずがないので、おそらく許可は得ていると、そういうことにしましょう。

 

 

子供を沢山育ててきて、
つくづく思う事の一つが、
褒めて育てる方が効果的な子供が、
圧倒的に多いという事。

なので叱る事は、
お互いにストレスが溜まるだけで、
殆ど無意味なものかも知れません。

なのですが…

叱られないとやらない子供が、
私だったようです。

特に10代は何処に行っても、
叱られまくりでした。

デビュー前、
ボイストレーニングで叱られ、
初のレギュラー番組で、
持たせてもらったコーナーが、
上手く出来ずに怒鳴られ、
ドラマの現場で、
いろいろなスタッフから怒鳴られまくり…

マネージャーからも叱られ、
コンサートの演出家・音楽プロデューサー・
振り付けの先生をも怒らせて(笑)

とにかく心が折れまくっては、
自分で再生してまた前を向いて取り組む。

これの繰り返しでした

 

堀さんの場合、子供を「産む」ことと「育てる」はワンセットようですが、産むことと育てることは別。

 

産むことが尊いというよりは、その後の長い年月の「育てる」のほうに世間は重きをおきます。一概には言えませんが、二度の離婚、三度の結婚を繰り返してきた過去があるのなら、子供の心情からすれば、こういう傲慢にも受け取れる発言は慎むのが大人のマナーというもの。

 

振り付けの三浦先生に、
大人になってから、
仕事でお会いする度に、

「叱りたくなかったけど
ちえみは怒んないとやらないんだもん」

「同じ歳の優ちゃん(早見)は、
褒めればグングン伸びる
ちえみは怒られて泣いた後に
びっくりするぐらい伸びた」
 
「でもね叱る方は大変だったんだから!」

と言われます。

泣くぐらいなら、
最初からやりなよ!と、
思いますよね。

本当にご迷惑をお掛けしたなぁと、
大人になってつくづくそう思います。

叱られて泣いてばかりだった10代の頃。

ここには書けないほど、
罵声を浴びて育ち、
こんなにヘコタレナイ精神の持ち主に、
出来上がってしまいました。

最近のブログで「 過去は振り返らない」と誓っていた記憶がありますが、まるで逆行するかのような自分語りが繰り広げられています。

 

もちろん意味のない投稿というよりは、しっかり意図するところがあってのことでしょう。

 

この場合、少し自嘲気味に過去を語ることで世間の逆風をかわそうという狙いがあるのかもしれません。

でも皆様のおかげで、
その負けない精神が、
今回の生命力に繋がったのかも知れません。
 
皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。

そんな私ですが…

叱られるのはやはり嫌なので、
子育てはなるべく叱らずにやってきました。

子育てに正解もなく、
まして失敗なんて、
絶対にありません。

だからこそ何が正しいのかなんて、
誰もが全く分からないものであり、
真っ直ぐな愛情を注ぐだけなのでしょう。

でもその真っ直ぐな愛情が、
また何を持ってそうなのかが難しい。

ただ存在を認めて感謝の気持ちを持つ事が、
大切なのかなぁって思います。

生まれてきてくれて、
ありがとう。

この世に存在してくれて、
ありがとう。

と思う事は親子だけではなく、
夫婦にとっても大切な事。

立場は変われど、
人間関係は感謝の気持ちだけで、
成り立つものかも知れません。

 

書籍化を視野にいれたような発言が増えてきましたね。
出版関係者などとの接触も始まっているのかもしれません。
 
奇跡のアイドル、
 
そんなワードもタイトルに入れたりして。
 
なにせマイナーな飯田橋に雨にもかかわらず出向いているぐらいですから、出版の下準備に入ったと推量されても仕方ない。
 
 

それは推測の域を出ないのでここまでにするとして、

 

”子育てに正解もなく、
まして失敗なんて、
絶対にありません。

だからこそ何が正しいのかなんて、
誰もが全く分からないものであり、
真っ直ぐな愛情を注ぐだけなのでしょう。”
 
 
子育てに正解がないといいながら、失敗なんて絶対にありませんというのはちょっとどうなのか。
 
正解がないということは、何が正しくて何が悪いかを断定することはできないということだし、決めつけることの危険性をも含んでいるのですから、「失敗なんて絶対にありません」という言い方はそもそも破綻しています。
 
 
正解はない。
それだけでいい。
 
 
正解がないというのは、何が良くて何が悪いという「基準などない」といったも同然なのですから、「失敗など絶対にない」という断定的な言葉を使ってしまったらその時点で「基準」があるということになるし、基準があるのなら「子育てに正解がある」といったも等しいことになってしまう。
 
 
さらに、
 
”立場は変われど、
人間関係は感謝の気持ちだけで、
成り立つものかも知れません。”
 
残念ながら、感謝の気持ちだけで成り立つものかというとちょっと解釈に無理があります。
 
人間関係は「感謝の気持ちだけ」で成り立つものではなく、信頼に裏打ちされたものであり、それでも感謝だけで十分だと言い放つのだとしたら、よほど浅薄な人間関係にのみ適応するものかもしれません。
 
深い人間関係には、そこに感謝以上の「信頼」がある。
 
あの人のいうことなら「信じることができる」と口にしないまでも流れる感情。それがあっての人間関係、感謝だと思います。
 
ここで珈琲と「黒わらび餅」の画像がアップされました。

 

そんなこんなで、
本日の朝スイーツ。

黒わらび餅。

わらび餅にふりかかったきな粉。見ているこちらが咳き込みそう。堀さんの舌はそうとう進化したのでしょうね。

 

きな粉が美味しい

肌寒いけど、
夏なんだなぁ。

で終わり。

 

 

 

3記事目

・13:06 午前中は家事を済ませて では、

 午前中に全ての家事を終わらせました。 

 誰かへ報告です。

 

ここで、ツルピカの床を背景に、白いチカちゃんのアップの画像が。よく見ると画面右下には掃除機の柄を握る、黒いまだらになっている堀さんのものらしい左手が見える。 

 

掃除機を掛ける私に、
愛犬ちかちゃんが寄ってきて、

「抱っこして〜!」

の合図をしてました。

ツンデレちかちゃん、
今日は甘えん坊モードです。

しばらく抱っこして掃除機を掛けました。

みきちゃんは、
相変わらず見守ってくれています(笑)

 

続く画像は、照明が映るほどのツルピカフローリングにちょこんと座るミキちゃん。そして、スリッパを履く左足の先端部分と掃除機の柄と本体の一部。
 
上手い具合に邪魔にならないように、
場所を移動しながら、
こうやって見守ってくれています。

ある意味、
凄い才能なのかも!

結構難しいと思いますもの(笑)

さぁ!これから出掛けます。

りんごジュースを飲んで。
トロピカーナ100%のアップル、紙パックの画像がアップされています。
これ、香料も酸化防止剤も入ってますが、100%と書いてあるので安心しきっているのでしょうか。
 
丁寧に生きるというのは、もうひとつ「その先」まで見ることなんですが、どうも表面的なもので何もかもが覆われている感じが残念。
 

最後は「ファイティン」で終わり。

ファイティンとは韓国で「頑張れ、元気だせ、ファイト」の意味です。

 

  

4記事目

・14:15 ちょっと贅沢なプレートランチ  では、

 

大学病院でのリハビリの前に、
一人レストランで、
ちょっと贅沢なプレートランチを。

 しかし、スキあらば食べてますね。

メカジキの唐揚げが美味しい
野菜たっぷりのあんが掛かっています。
ひじきも嬉しいネ。

胃の休まる暇がない。

 

店内で掛かっている、
クラシックを聴きながら、
のんびりと過ごしています。

今日のリハビリでの指導は、
どんな感じなのかしら。

私の舌の方は、
先週末にかなり喋りやすくなり、
家族からも、

「いい感じじゃない?」

と言われて、

「このままある日突然
上手く喋られるようになった!
なんて事もあるかも知れない!」

ちょっとワクワク。

 とここで長めの空白、そして、

ところが喜びも束の間、
一昨日から動かし辛く、
後退しました。

そんなに甘い事なんてある筈がなかった…

浮腫みのせいなのか?
疲れの度合いなのか?
気圧のせいなのか?

とにかくまだ安定していないのは確かです。

しかし物は考えようで…
安定したら 
この状態で、
マックスだという事かも知れないけど、
まだ安定していないという事は、
伸びしろがある証拠かも。

そう思うと安定してもらっては困りますよね。

 

一言で言うなら、舌を使いすぎているようにも感じますが、おそらく舌はリハビリのことを思えば使うに越したことはないのでしょう。
 
いずれにせよ、一日でいいのでじっと家でくつろいでみてはどうでしょうか。

 

今から病院。

少しでもいいから、
前に進む。

ゆっくり、
ゆっくりと。

今になってやっと、
そう思えます。

確実に前に進めている事が、
自分で分かるようになったからこそ、
そう思えます。

やっと焦らなくて、
よくなったのかも知れません。

たまに冷静になって、
自分を見つめ直した時に、

「ホントにもうヤーねぇ
生きなければなんて思っていたくせに
今度は喋りたいだなんて」
 
「欲張り過ぎじゃないの?」

と思う事もしばしばあります。

そんな時にもう一人の自分が
「命あるなら
とことん生き抜け!」
と一喝。

まだこの世に生かされたからには、
努力は惜しまない方が良さそうです(笑)

 

堀さんの思考回路を見せてくれてますが、致命的に欠けているのは「世論を直視する勇気」と「客観的な視点」の2つです。
 
本当は逆境に立ち向かう人を心から応援したい。応援できる自分でいたいと思うのに、そうさせない疑惑ばかりが募って、みな、ある意味苦しいのです。
 
どうしてこんな複雑なことになったのか。
元凶はやはり、堀さんの支離滅裂なブログの中身、言動の不一致、核心をそらす手法にあるのかもしれません。
 
つまらない虚飾に満ちたあれこれを時間と労力を使って誰に見せつけたいのか。なぜに見せつける必要があるのか。
 
わからないのです。
 
しかし、わからないといっておいて矛盾するようですが、その先にあるのが収益の拡大や承認欲求、自己顕示欲を満たすための「道具として自分たちが使われているだけ」なのじゃないかという疑惑だけは確信に近づいていくから始末が悪い。
 
いつまでも釈然としないその想いを払拭したいものです。

 

 

 

 

5記事目

・21:22 久しぶりにジンギスカンを食べましたよ  では、

 

今日は美味しそうなラム肉が、
スーパーにあったので、
ジンギスカンにしよう!って即決でした。

 タレと肉の画像がアップ。

 
北海道ジンギスカンのたれ。

このたれコクがあり、
とても美味しいです。

北海道に、
家族旅行で行った時の話などをしながら、
子供たちと楽しみました爆笑爆笑爆笑

北海道で食べた、
味の羊ヶ丘のジンギスカン、
最高でしたね。

 

肉を食べないころもには見るだけでもきつい、皿に盛られた肉画像が登場。

 

子供たちも沢山食べたので、
あっという間になくなりました!

ついで野菜が盛られた皿が画像アップ。

 

野菜も沢山です。
余ったら明日の朝ごはんですね。

野菜炒めにしよう。

 赤い器に入ったグリーンの枝豆がつらそう。

ビーンズサラダも、
そして枝豆。

なぜか毎回味噌汁にもやしが入ってますね。もやしはあまり合わない気がしますが、これは好き好きなので仕方ないか。

蕪とその葉と もやしの味噌汁
玄米ご飯

何ものってない、鍋まで画像アップされてます。

このジンギスカン鍋は
長年愛用しています。

野菜と肉が盛られた画像がアップで映っている。

あっ!このクルミのドレッシング、
とても美味しいんですよ! 

ドアップのクルミドレッシングの画像が登場。 

特に豆や豆腐のサラダとの相性が、
抜群だと思います。

今夜も80年代の洋楽ポップスが流れています。

ワム!のジョージマイケルの歌い方が、
何となくクィーンのフレディ・マーキュリーと、似てるなぁと感じました。

二人のデュエットの映像も残っているので、
何らかの影響は受けたのかも知れないなぁ…
なんて思ってみたりもしました。

明日から三連休だね!

何をして過ごそうかな。

主人が帰って来てから、
相談です。

 

ご主人について触れてますね。

ご主人、最後に画像にスタンプ付きでのったのはいつだったか。

 

……思い出せない。

 

 

 

6記事目

・23:24 リビングで夫婦ゆっくり話をして  では、

 

夕飯の後片付けも終えて、
主人も仕事から戻り、
お疲れ様の一杯を、
主人は飲んでいます。

今日はウィスキー、
シーバスリーガルを水割りで。

その横で私は、
珈琲ゼリーのクリーミーパルフェを、
食べています。

 日本語が拙いですがしょうがないです。

 

あの夕飯のあとに、またもスイーツ。

親の仇のように食べまくるのですね。

珈琲ゼリーの画像が商品名がわかるように画像アップされました。
 

今日 買ったんだ

 

今度は、フタを開けて斜めからの珈琲ゼリーを画像アップ。

 

クリープが配合されているという、
このマークに惹かれてしまいました。

上に乗っかっている、
クリープのクリームが、
ふわっふわでとても美味しかったです。

残念ながら
主人のお酒のお付き合いは、
出来なくなってしまいましたが、
お互いに話は沢山するし!

リビングでゆっくりしています。
 

 

しかし、徹底してご主人の気配は消してあります。
「主人」という文字面以外に、ご主人を感じるものは画像にアップされるわけでもなく、コーヒーゼリーの向こう側に見えるでもなく、とにかく一切ない。
 
どうして、お酒のグラスひとつ、スリッパや後ろ姿の一部すら掲載することをしないのでしょう。第三者との会食の席ではスタンプはついても姿は出すのに、これほど「主人、主人」とアピールするなら、珈琲ゼリーを2枚続けて画像アップするそのうちの一枚ぐらいはご主人の肩先、指先を、ぼかしまくってもいいから画像アップすればいいのに、不思議です。

 

明日から休みなので、
のんびりですね。

娘真由に電話をしたら、
ちょうど自炊をしているとの事でした。

鶏肉を蒸し焼きにしている、
真っ最中だったので、
急いで切りました(笑)

うん、
エライ!

私は今日の大学病院でのリハビリで、
「ざ」と「ぞ」の指導がありました。

今日いただいたプリントで、
一応全部の音の指導は終わりという事です。

今回も言語聴覚士の先生からは、

「どこをもって良しと思うか?」

という言葉を頂きました。

「私的には奇跡を起こしたいと思うのですが
無理でしょうか?」

と返したら、
今までに見たことのないような、
少し困った顔をして、
先生は笑っていました。

もしかしたら、
私は無理難題を言ってしまったのかも、
知れません。

そして嬉しかったのは、
歌詞の音読が宿題として出た事。
 

 

堀さんのいうところの「奇跡」とは一体なにをさすのでしょうね。
ステージ4からの完全復活、術前と遜色ない歌声の披露ということでしょうか。
 
最終的な私の目標は、

「やはり皆様の前で歌う事です」

と言う私に、
先生からの提案がありました。

私の歌の中から一曲選んで、
歌詞をゆっくり読み上げていくという。

出し辛い音を、
上手く作り上げて出せるように、
何度も訓練するように…
とのアドバイスを頂きました。

一曲だけを先ずは、
ゆっくりと。

どの歌にしようかな。

主人にその事を話したら、

「自分の歌の歌詞の音読の宿題は
凄く嬉しいよね」

「ちえみはまた歌えるようになる」

「それと絶対に喋れるから
もっと頑張れば
必ず元に近い状態まで持っていける」

と言ってくれました。

大丈夫。

きっと上手くいく。

肩の力を抜いた方が、
もっともっと、
上手く言葉の音を作り出せる事も、
身体で覚えたから。

元に戻せるという事を目指すより、
元以上に何かを伝える事が出来る!

さぁ!明日から三連休。
楽しみです。
 
頼み込まれたわけでもないのに自ら「金スマ」で舌癌ステージ4を公表。これが最後になるかもという流れの中での歌唱。
 
そのすべてはまさに、
 
「やはり皆様の前で歌う事です」
 
に続く、長すぎるプロローグということなのかもしれません。
 
そうであれば、辻褄が合うことだらけです。
 
 
これが中森明菜さんなら「それはそうだろうな」と思うのでしょうが、堀ちえみさんを歌手として認識していない人のほうが多くなっているこの「令和」の時代に、術前ですら聞いてなかった人物の歌をどれほど世間が待ち望んでいることだろうかと、まずは堀さんの希望以前に、世間の需要なるものについて考えさせられる場面です。
 
希望は素晴らしい。
抱くのも自由。
 
しかし、そのステージに立つには片付けなくてはならない諸問題があることも確かです。
 
 
ではまた。
 

(引用元:堀ちえみオフィシャルブログより)

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