毒舌ころも

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堀ちえみ「金スマ」話せぬ演出で「大嘘つき」とネット炎上か

 

 

ころもです。

 

 

あの世にもっていけるのはお金じゃなく、善悪の記憶。
この世に残していいものはお金じゃなく、生き様。

 

世の中に混乱を撒き散らしながら、普段どおりの外食ブログを淡々と投稿し続ける堀ちえみさん。

 

舌癌ステージ4告白の「何がどこまで真実なのか」は藪の中でも、その人間性なるものは昨夜『金スマ』での ”話せない” 演出によって露呈しました。

 

たかが10分、されど10分

 

決して無駄な放送ではなかったと思います。

 カラオケ3曲分にも満たない”やっつけ放送”

 

「嘘と罪悪感はワンセット」で存在すると信じてきた人々にとって、まったくそのパターンに属さない人間も存在するという事実は認め難く、驚異でしかないでしょう。

 

たとえば、

 

昨日の『金スマ』で ”話せない” という、誠に好都合な鉄壁の土台を設定し、質問も検証もさせないが、自分の言いたいことだけは一方的に伝えることのできる手紙方式を選んだ堀ちえみさんの自己中心的な経過報告なるものは、まさにその典型といえるかもしれません。

 

ネットでは「どうして話せるのに嘘をつくのか」といった素直な疑問と怒りの声が噴出、炎上状態になり、

 

放映された内容とブログのギャップがありすぎた。
色々と腑に落ちない。

 

というコメントに、4000を超える「いいね」が押され、今なお更新されているといった現状があります。

 

種々雑多な生活を送っている視聴者や読者が、

 

その雑多な日常の手を休めてまで「いいね」を押すその怒りのエネルギーなるものを、単なる「数字」と笑って見過ごすことはイメージ第一の芸能界で生きる芸能人にとってあってはならないことでしょう。

 

潜在的な数字を考えたとき、実際に押された「いいね」の数の何倍、何十倍、何百倍の人が心の中で「いいね」を連打しているとみる必要があるわけです。

 

マジョリティ(多数)だから正しいということではなく、統計学として見た場合に、非常に興味ある数字であることも否めません。

 

 

さて、話が少しそれてしまいましたが、

 

 

要は、なぜ「話せない」昨夜の堀さんの姿にネットが炎上してしまうのかといえば、それは「話している」「話す事ができていた」様々な状況が堀さんのブログで、堀さん自身の投稿によって明らかになっている事実があるからです。

 

 

 

ほんの一例ですが、

 

手術で舌を6割切除した2月22日から、わずか8日経過しただけの3月2日「主人の愛」タイトルの中で、

午前中、
自宅に電話をしてみました。

喋れないけど、
一生懸命になって、
声を出していると、
伝わるものです。

 という一節があり、そのあとに、

「ありがとう」は、
もう完璧に喋る事が出来ます(笑)

 という記述もあります。

 

この記述そのものが「嘘」だということでしょうか。

 

さらなる決定的な本人のブログ投稿として、切除手術の約2ヶ月後となる、

4月25日「興奮し過ぎたのか!?」タイトルブログの一節を抜粋させて頂きます。

 

 

おおまま(主人のお母様)から、
電話がありました。

「退院おめでとう」
「無事に退院出来て良かった」
「声も元気そうで何より!」

と大変喜んでくれました。

話が弾んで気付いたらお昼。

2時間近く話込んでいました。

健康についての情報も交換したりして、
会話が弾みました。

 

 

話が弾んで気付いたらお昼。

2時間近く話込んでいました。
 
 
堀さん自身が、堀さん自身のブログでそう綴っているわけです。
一方的に聞くだけだったなら、そうとわかる表現をするでしょう。
 
この報告は誰が読んでも、一方通行、完全に聞き手ということではなく、コミュニケーションが取れる会話ができているという把握を許すものです。
 
これ以上の確たるものはないでしょう。
本人が書いているということが事実なら、ですが。
 
 
 
話が弾むという表現は、昨晩の金スマで満足に挨拶もできない堀さんと一致するでしょうか。
 
超難関といっていい電話で2時間の長きに渡って話し込む人が、自ら企画を持ち込んでまで「今」の状況を放送してもらうというのに、何も言葉を発しないという暴挙に出る、誠意のかけらも示せないということに首をひねる、不快感を持つ、納得がいかないというリアクションが世間から立ち上がるのは、あまりにまっとうな反応でしょう。
 
6月27日放送の「金スマ」で言葉を発することがなかった、「まだ話せない」設定にしていた堀さんは、その2ヶ月以上も前に、
 
身振り手振りで補うことができない、超難関といっていい電話というツールを使って義母と話が弾み、2時間近くも話し込んでいたと、自ら世界に向け発信したのは堀さん本人なわけです。
 
それを信じた人たちが昨夜の一切言葉を発しない「金スマ」での堀さんの対応に不信を抱き異を唱えるのは、誠実な反応といわれることはあっても批難されるべきものではありません。
 
 
 

それとも、

 
実は話せていないけれども、読者を安心させるため世界に向けたブログで誇張した表現をしただけと言い訳をするつもりでしょうか。
 
苦しすぎますが、もしそうだと言うのなら「偽りの情報が闘病中の方にどんな安心感をもたらす」ことができると考えてのことだったのかを聞きたいものです。
 
実は話せないのに、話が弾んだ、話し込んだという間違った報告をすることで、誰を救おうとしたのでしょうか。刹那な喜びを与え、長い失望に陥れるだけに終わる可能性があるとは考えなかったのでしょうか。
 
救ったものがあるとするならそれは、自身の「プライド」だけでは?
 
ネットが炎上した背景にあるのは「回復へのバッシング」などではなく、「整合性のなさすぎるブログ発信」に対する「戸惑いと怒り」だけでしょう。
 
 
ではまた。
 

(引用元:堀ちえみオフィシャルブログより)

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