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小林麻耶 芸能界復帰に「面倒くさい人だなぁ」ネット荒れる

 

 

ころもです。

 

捨てる神あれば拾う神あり。

しかし、ときには「拾わないほうが本人のため」というものもある。それが引退からの早すぎる芸能界復帰を宣言した小林麻耶さんではないでしょうか。

 

誰の目から見ても、小林麻耶さんの復帰理由は経済的な不安からだろうという予測がたちます。

 

これが大富豪との結婚→引退という流れであったら、マスコミに追われて疲弊し芸能事務所を辞めて1年もしないうちに同じ場所に戻ってこようなど思うはずもない。

 

歌や踊りに秀でているわけでも、トークに優れているのでも役者として需要があるわけでもないだろうに芸能界復帰を目指した理由は、なんといっても結婚後の経済状況の不安定さに起因するのだろうと、熟慮することなく多くの方が察するところではないでしょうか。

 ある意味、とても「可哀想」な麻耶さん

 

結婚してもすべての芸能人が引退するわけではありません。

才能豊かな人は芸能界自体が欲するし、パートナーにしてもその需要の多さに加え本人のやる気も加われば、結婚後も変わらずお仕事を続けるという話はいくらでもあります。

 

しかし、その根本にあるのは客観的な「需要」の存在。

 

例えば米倉涼子さんが再婚をして家庭に入るために芸能界を引退したものの、やはりわけあって芸能界に戻りたいということであれば、以前ほどではないにせよその才能を欲する場や人は大勢いることでしょう。

 

でも小林麻耶さんの今回の引退劇からの芸能界復帰を見ていると、これほどに情緒が安定しない、需要というより世間からバッシングばかりを浴びるタレントがなぜに「元の木阿弥」になってしまう古巣に戻りたがるのか意味がわからないということになる。

 

(本当は意味はだいたいわかるのですが)世間的には理解しがたい、ということになってしまうのです。

 

本日13時に配信された日刊スポーツの記事のなかにある、

「このたび、生島企画室に所属する運びとなりました。事務所に所属し仕事をしたいと思いながらお茶をしていた時、偶然目の前を通られたのが生島ヒロシさんでした。
生島ヒロシさんの著書『どん底に落ちてもはい上がる37のストーリー』p122では悲しみを忘れたことはないし、悲しみが癒えることはきっとない。

でも、残された僕たちは、突然人生の幕を下ろされてしまった彼らの命も背負って、全力で生きていく。
と、書かれてありました。
生島企画室で仕事再開出来ること感謝致します。
TBSアナウンサーからフリーアナウンサーという経歴にもご縁を感じています」 

 とある麻耶さんの言葉の抜粋部分では、またもや亡くなった妹、麻央さんを利用しているように解釈できるようなムードを感じてならないわけです。

 

というか、直球ですね。

 

家族を亡くしていない人に出会うことのほうが難しいこの時代に、いつまでも梨園に嫁いだ、今は亡き妹の話を何度でも出してきて「伝家の宝刀」よろしく仕事をキャッチしているようなやり方には虫唾が走ります。

 

 

ネットの声も…さすがに…

記事についたコメント欄でも賛否の「否」が圧倒的、その声を一部拾ってみると、

 

「病みもここまで深くなると周囲が病みそうだ」
「勝手に沈んで勝手に浮いてる」

「麻央さんの件以外で需要などない」

「面倒臭い人だなぁと思う」

「言ってることとやってることが矛盾してるから叩かれるんだよ」

「お金に困ってるんだと思う」

「復帰するのは勝手だがテレビに出ないで!」

「あんな地雷物件をよく拾ったなぁ」

「不幸アピールしないで、不愉快です!」

「応援してましたが、気持ちはなくなりました」

「旦那の給料じゃやっていけなかった、これが事実でしょ」

「自ら嫌われるゾーンに飛び込んでいく人生なんですね」

 

(抜粋元:『日刊スポーツ』6/10(月)13:00配信 コメント欄より)

 

賛否というと賛成意見も同等にあるような印象を受けがちですが、とんでもない、ほとんどが批判のポチとなっています。

 

捨てる神あれば拾う神あり

 

拾う神の優しさは稀少ですが、拾うイコール善では必ずしもないことを、これから我々視聴者はテレビを観るたび実感することになるのでしょうか。

 

梅雨以上にうっとうしい季節が待っている感じです。

 

ではまた。

 

(出典・引用元:『日刊スポーツ』6/10(月)13:00配信

 

 

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