毒舌ころも

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堀ちえみ精力的すぎる外出と旺盛な食事にステージに疑問の声

 

 

ころもです。

 

毎日毎日、大事なものを失っていますね。

健康はもとより、人としての信頼。

 

人間いつかこの世から消えてなくなるわけですが、多くの人々は声に出さずとも「立つ鳥跡を濁さず」の信条を心がけ日々を生きているものです。

 

国民の安寧、世界の平和を口にされた上皇の言葉を知るにつけ、我が身だけが可愛いとしか映らない「贅沢三昧アピールブログ」の品のなさが際立ちます。

 

 常識を超えた回復報告に芽生える個々の疑念

 

池江璃花子さん、岡村孝子さん、だいだひかるさんといった方々と堀ちえみさんの一番の違いは何かと訊かれたら、それは「どうでもいい自分語りの多さ」となるでしょうか。

 

美味しい天丼を出してくれるというので暖簾をくぐったら、うちはカレーが美味しいんですよと無理やり頼んでもいない、求めたものと違うメニューばかりが次々と運ばれてくる。

 

稚拙な例えですが、

 

いうなればそれが堀ちえみさんのブログ状況ということになる。

 

思い出すこともなかった一タレントであった女性が、あまり頻繁には聞かない「舌がん」、それもいきなりの「ステージ4」であると悲痛な報告をテレビで公表するものだから、いつも観ている番組でありゴールデンタイムであるということも相まって、多くの視聴者が半ば強制的にその闘病を知る羽目になった経緯がまずあるわけです。

 

聞けば、同情のひとつもしたくなる話に手術の成功、病状の回復を人並みに願ったものですが、それとて視聴者からすれば「求めて得た情報」ではないわけで、思えばスタート地点からこちらはずっと受動的であったし、その情報を止めようにも日本最大のポータルサイトに矢継ぎ早に掲載されるものだから嫌でも目に入ってしまう。

 

とにかく、多くの人々に要らぬ心の負担をかけてしまったという自負が多少でもあるなら、今のような他の癌患者さんが目を背けたくなるような「私は皆さんと違って回復も早く、何でも食べたいものを食べることができ、こんな高待遇を受けている」といった無神経な発言をし続けることはできないはず。

 

回復が非難されているのではなく、回復の過程を語らず結果だけをひけらかすブログ手法に怒りの声が湧いているのであり、

 

 

贅沢三昧の食事をしていることが非難されているのではなく、それを享受できない人々への思いやりのかけらもない書き方をし続けているから批判を受けているのです。

 

 

あのような公表の仕方をしなければ、

 

おそらく一部のファン以外堀さんの近況や病状に関心を寄せる人はほとんどいなかった可能性すらあります。

 

全国規模で自分の存在、病状を克明に発表した意図は一体何だったのか。

言い出しっぺの堀さんには、好きなように書いて何が悪いのよ、といった開き直りがどこまで通用するのかを今一度真剣に考える賢明さが求められるのです。

 

 

能ある鷹は爪隠す

 

いつの時代も才能ある本物の人間ほど謙虚。

そして、いつの時代も偽物ほど自分を大きく見せ、何でも誇張して見せないと気がすまない。

 

これはどうやら普遍的なもののようです。

 

 

人間の品性というものはいったいどういうときに測られるものなのか。

 

人によりその視点は違うので比較しても意味はないでしょうが、少なくとも時代や空気をある程度は読む努力、繊細さというものは求められるのかなと、そう思います。

 

二人に一人が癌になる可能性がある時代に、自分だけが「世界の中心で悲劇のヒロイン」ぶらないことが知性であり、ある種の品性というものだとも感じます。

 

事実だから書いただけ、それの何が悪いのと言わんばかりの粗野な発想では、病状を汲み取って特別待遇をとった旅館の女将と旅館の印象を最悪にしてしまうだけであるし、体調が悪いからと庶民では絶対といっていいほど使わないであろうヘリコプターを使い、何枚もの画像をつけ嬉々としてブログ発信するという愚かさが無くなることはないでしょうね。

 

ヘリは使ってもいいのです、本当に体調が悪くて、それでも出かけたいのなら大枚をはたいて空を飛ぶのもまた一考でしょう。

 

 

問題は、それを自慢するところ。


見せたくて言いふらしたくて仕方ないという気持ちです。

 

人からよく思われたいと思うのは誰しも多かれ少なかれある感情ですが、ヘリポートの「H」という文字が曲がってしまうほどに下半身を長くみせようとアプリ修正するところをみると、相当の見栄っ張りなんだなということがわかります。

 

膝下を長く見せようと修正しすぎて、手の長さと辻褄が合わなくなっていましたが、そういうところは大雑把なのですね、よくわからないです。

 

なにせ、品性とは対局にある行動です。

 

先日、決して広いとはいえない自宅デッキで傘をさしながらBBQをしている家族の姿を目にしました。

 

小雨が降ったりやんだりの天候のなか、それでも大型連休の醍醐味を堪能しようとして何とか工夫している姿を見たあとに、ヘリコプターをチャーター、泉質日本ナンバーワンの称号をもらった温泉の大浴場と露天風呂を貸し切りにしてもらい、ひとり「ああ、辛かった」と初めて洩らしたと悲劇のヒロインのように悦に浸っているブログを読んで心底気分が悪くなったものです。

 

弱者に対する思いやりのかけらも感じないセレブアピール、しかもあろうことかそれが二つの癌を抱え持つがん患者であるというのも切なさに拍車をかけています。

 

これは共感を得られるどころの話じゃないでしょう。

 

実母や実妹と絶縁状態となった直接の理由は知らないし、知る必要もないことですが、義母の誕生会でのこれみよがしの幸せアピールや日々のそれらすべての発言の矛先は、やはりほとんどが実母への当て付けなのかと勘ぐってしまうほど。

 

平成最後の昨日も、娘と池袋でショッピングをし、「凄い人出です。どのお店も混んでいます」とコメントし、休憩では、

私はパステルベリーエッグリープリンを、
食べました。

期間限定のイースターをイメージしたアイス。

パステルが可愛くて
食べるのがもったいないですね。

マシュマロが沢山入っていました。

 と癌が喜ぶスイーツをまたまた食べている。

 

もはや「好きなものを好きなだけ食べさせて上げて下さい」という医者の言葉が聞こえるような食生活に思えてなりません。

 

お店には申し訳ないですが、見るからに身体に悪そうなただ甘いだけのようなこのスイーツ。癌について何も勉強してないのか、もうやけっぱちになっているのかのどちらかしか考えられない。

 

説明不足ですね、すべてにおいて。


金スマでああいう公表の仕方をしたからには、不可解な行動の裏付け、根拠となる何か一文を付記できるといいのですが、そこまで求めるのは酷なのかな。

 

平成最後のブログでは、お寿司の出前を頼んだことを報告し、珍しいわけでもない寿司画像を貼付。

この瞬間どうやって過ごせばいいのかしら。

大晦日とはまた違う感覚だし…

子供たちはあまり、
意識していないみたいです。

昭和から平成に変わった瞬間を、
どうやって過ごしたのかも、
思い出せませんびっくりびっくりびっくり

主人に覚えているか聞いたら、

「覚えてるわけないじゃん
そんな30年前の話!」

と笑っていました。

子供たちも、
そんな感覚なのかなぁ。

でも感謝の気持ちで、
新しい時代を迎えたいと思います。

そしてこの瞬間こそは、
心に刻んでずっと覚えておきたいですね。
 平成から令和へ移ろうことに対してのコメントですが、このタイミングでこういう会話をのせるのですから、なんともはや。
 
 

この瞬間こそは、心に刻んでずっと覚えておきたい

 
そういわれても、まったく響きません。
 
堀さんが心に刻まなければいけないのは、自分は「舌がんステージ4 リンパ節転移」を金スマで全国に公表した事実があり、その途上で食道癌まで発覚、まさに二の癌を抱え持つ患者であると世間には認識されているという事実です。
 
そこを都合よく忘れてしまったような言動を繰り返すから炎上がやまないのです。
 
ブログを書くのは個人の自由だろうと未だにヤフコメで大騒ぎをする人がいますが、その方たちは「ことの経緯」を無視しすぎ。
 
物事には「経緯」というものがある。
それを「よく知らない」で、病人というフィルターだけですべてを覆い尽くそうとするから見えるものも見えなくなるし、見なくてはいけないものから目を背けてしまうのでしょう。
 
堀さんの回復が本当なら、これは輝かしい医学の進歩だし、喜ぶべきことです。
ただし悲しいのは、それを「信じることが難しい」ほどの混沌とした記述しか報告されていないということ。
 
読めば読むほどに困惑してしまうということ。
 
責められるべきは賛否両論の「否」論者たちではなく、回復を祈ってくれた人々を混乱に陥れた、その本人ということになるのじゃないでしょうか。
 
今ではステージそのものを疑う声も多数噴出しています。
 
ではまた。
 
 
(参考・引用元:堀ちえみオフィシャルブログ)
 

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