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麻耶 海老蔵と麻央の代理で甥っ子勸玄卒園式で保護者席に

 

 

ころもです。

 

本日発売『週刊女性』にちらり見えた「小林麻耶」という文字。

自称一般人となって久しいはずの麻耶さんが、またなにかトラブル的なことをおこしたのかとタイトルに目をやると、

 

妹の代わりに育てた甥の晴れ舞台からひとり帰路
  小林麻耶 海老蔵不在の卒園式にけじめ参列

 

とある。

 

伯母が未だに発奮する機会を作ってしまうこの市川家の環境。
そして、なんだかんだと関わらずにはいられない、元小林麻耶さん。

 

しかし何よりひっかかったのは、

 

妹の代わりに”育てた”と表現する記事の気持ち悪さと無責任さ。

怖気が走りました。

 

育てる!? 結果や成果を無視して関わり続ける依存状態のようなものを、現代用語では「育てる」と表するのでしょうか。

 

滑稽ですね。

 本当にこれを最後にしたほうがいい

 

多少なりとも子育ての手を借りたい市川家にとっては残念な話かもしれないですが、亡くなった嫁の姉、しかも嫁いだ義理の姉をこれ以上、人生の「要」の部分で多用することはやめたほうがいいように第三者的な目線から感じます。

 

 

他人の家ではありますが、通常の一般家庭ではない、人気稼業、お客様あっての家業であることを考えれば、電撃引退、電撃結婚、多くの人の戸惑いや時期的な迷惑など一切合切を顧みず、都合のいいときには一般人をかざし、経済的に潤わせる必要があるとみれば一般人になったことなどどこ吹く風で「オフィシャルブログ」の旨味だけを味わうために言行不一致としか言いようのない、整合性がめちゃくちゃなブログを更新しまくって読者を翻弄する方は、誠実の対局にいるものと受け取られますから。

 

つまり距離をおくべき対象があるなら、それは伯母かもね、ということです。

 

 

肝心なときにいつも地方なんだなぁ、海老蔵さんは

 

もはや一切ブログを読んでいないので現状がわからないですが、それまで読んでいた印象ではけっこう東京にいる時期もあるのに、卒園式や入学式など肝心要のところで残念ながら海老蔵さんは仕事で不在のことが多いですね。

 

代理のきかない仕事であるから仕方ないにしても、それがために誤解を招く「タネ」になり続けている、元なのか現在もなのかわからないですが、海老蔵さんの大ファンと公言して憚らなかった元小林麻耶さん(現在は國光麻耶さん)がメディアに浮上してくるのは、人気稼業を続けていくうえでけっこうなダメージになるのじゃないでしょうか。

 

妹想いと思われていた闘病時代の印象はどこへやら、麻央さん逝去後の醜聞はいわずもがなの状態で、無駄に取り上げられるヤフーニュースのコメント欄は「おとなしくしていろ」「一般人になりたかったのでは?」「妹で稼ぐな」の罵詈雑言ばかり。

 

わずかに残っていた擁護派とみられるコメントもじきに収束し、コメントのほぼすべてといっていいほどの内容が、彼女の年齢にそぐわない幼稚なブログ内容に辟易し、愛想をつかしたことを告げるばかりの状態に成り下がっている。

 

なにがどう幼稚で、愛想をつかされているのかをここで繰り返すのはもはや時間の無駄なので割愛しますが、言行不一致がいかに読者にストレスを与えているかは、彼女の記事がヤフーに掲載されるたびに荒れるヤフコメ蘭と日々3桁違い読者が登録解除をしている現実が雄弁に語っているように思います。

 

さて、記事の中身は何かというと

 

今回の記事ではまず、海老蔵さんが勸玄くんの卒園式という節目に立ち会えなかったことに触れ、

 

「海老蔵さんはその日、大阪での公演があり、東京にいなかったんですよね。だから代わりに……ということなんでしょうね」

という歌舞伎関係者の弁があり、

 

卒園式に参加した人の、

「シックな紺のスーツ姿で来ていた麻耶さんは、うれしそうに保護者席で勸玄くんを見守っていました。芸能界はすでに引退しているみたいでしたけど、変わらずおきれいでしたよ」

という証言も掲載されていました。

 

麻央さんのお母さんが出席すればいいのに、お母さんは出席していないのか?という素朴な疑問が湧いたわけですが、

 

そのヒントとなる、

 

小林は、勸玄くんの式が終わった後は、一緒に食事に出かけるなどすることもなく一行とは別れ、ひとりで帰路についた。 

 

という一文が記事に。

 

つまり、麻耶さんは一行のなかの一人であったということがこれで読み取れます。麻耶さん一人の出席であれば、この一文にはならない。

 

勸玄くんの卒園式に参加した本来の保護者たちに麻耶さんが混じっていた、という解釈が一番しっくりきますね。

 

実際、そうだからこそ「一行」という複数名いたことを告げる言葉が使われたのだろうし、麻耶さんが卒園式終了後とともにその「一行」から離脱して帰路につくことができたのは、麻耶さんだけが勸玄くんの保護者として出席していたということではなく、数名の保護者の中の1名として参加していたからということに他ならないでしょう。

 

そうでなければ、あまりに危機管理が市川家にも小林家にもないということになるし、体調不良やら骨折やら交通違反やらで身辺が騒がしい伯母に大事な跡取りを任せきるなどというのは常識的にみて考えにくい。

 

しかし今回の浅い記事の表現だけでは、

まるで小林麻耶さんだけが式に参加したような誤解を招きかねないし、タイトルの「妹の代わりに育てた甥」などという表現は、嫌味にしか聞こえないほど滑稽な響きになる。

 

育てるという言葉の重みを考えたら、とてもこんなふざけたタイトルはつけられない。むしろ、それに反発を感じる多くのアンチを逆なですることが記事の最大の目的のように感じる悪意満載のタイトル。

 

今回の卒園式に麻耶さんが出席した行為について前述の歌舞伎関係者は、

 

「麻央さんの闘病中、また亡くなられてからも、麻耶さんは海老蔵さんや子供たちを全力でサポートしてきました。海老蔵さんはお仕事で家を空けることも多いですから、育児なども手助けしてきました」

 

と語りさらに、

 

「麻耶さんは自分が海老蔵さん一家をサポートすることでこういった報道などで逆に迷惑をかけてしまうと考えるようになりました。また、麻耶さん自身も結婚しましたしね。ずっと見守ってきた勸玄くんの卒園式ですから、海老蔵さんの不在もありましたが、今回はきちんと立ち会い、これからは親戚として関係性はそのまま手助けなどに関して少し身を引くことになりそうです」

 

とも発言。

 

なんだか、

 

洞察力の浅い人々しか周辺にいないのかと溜息が出ますが、考えようによっては、確かに自分の妹が亡くなったのなら、その妹の代わりに近くで見てきた甥の卒園式を見届けたいという気持ちもわからなくはないので、今回の一人帰路についたという部分も含めれば、多少なりとも前述の歌舞伎役者のいうところの、「少し身を引くことになりそう」という部分は信じたいところですが……

 

これが、そう一筋縄ではいかないところが「自称一般人」でありながら、8ヶ月以上も芸能人時代のブログをそのまま使い続けている麻耶さんなのですよね。

 

隠したかったはずのご主人は、今や誰よりも出たがりだと思われるほどの露出で夫婦漫才状態。

 

ヤフーニュースが取り上げなければ、すでに「あの人は今」状態なのですがね。

 

ではまた。

 

(出典、引用元:『週刊女性』2019年4月2日)

 

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