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麻耶の人生後半が悲惨すぎ!?ネットは「もう終わった人」扱い

 

 

ころもです。

 

見事な「反面教師」ぶりですね。

 

人間、怠けてばかりじゃ誰からも愛されないし成長もない。
「ふくちゃんのようにステキな奥さんに」と愛らしい新妻ぶりをアピールしてみたところで、実体のない虚しい発言に反応するほど世間も暇じゃないということです。

 

料理作ってますか。
洗濯や掃除、やってますか。

 

初婚なら、
初めての夫との暮らしなら、

 

いやというほど発見や語るべき事柄があるはず。

 

わざわざ外出して名前もわからない花をドアップで撮影し、フラフラと新しい店をネットサーフィンするかのごとく次から次へと渡り歩いては画像をとりブログ掲載。

 

まともな主婦のすることでしょうか。
ネットの反応は見事に「麻耶さんへ拒否反応」を示しています。

 

それでも反応を見せるだけ優しいですよ。

ほとんどの読者、世間は、もう小林麻耶さんという方を忘れているでしょうから。

 名もなき人だった尾畑春夫さんがなぜ人を惹きつけるのか

 

ひと言でいうと、この方は人生を舐めている。
舐め腐っている。

 

そうとしか思えない言動が多すぎます。

 

だから、押し寄せる人生の「あれこれ」に立ち向かっている人々から嫌われてしまうのでしょう。

あまりにもやることなすこと全てがいい加減だから、そうとしか受け取れない言動が目に余るから、ひと言物申せずにはいられないところまで人の神経を逆撫でするのです。

 

先日、遅ればせながら『プロフェッショナル』を観ました。

 

海老蔵さんにも様々な種類のアンチされるべき点があることは承知してますが、それでもまだ自分のするべきことに努力している姿に対しては、背負うものの大きさについては、それなりに思うところがあります。

 

単純に言えば、やることはやっている。


そしてアンチの重要性についてもきちんと認識している風の発言があったことは、「冷静さを失っていない」という点においては評価すべきところかもしれないと、そう思ったものでした。

 

いっぽう、麻耶さんはどうかというと…

 

切なくなるほどに人としての厚みがない。
人生を生きているうちに身についてくる重みが感じられない。

 

なぜなのか、どうしてなのか。

 

行き着く答えはいつも、そこに”努力のかけらすら見えないから”なのだろうなと。
失礼を極めていわせてもらうなら、努力ということの意味をわかっているのだろうかと言及したくなる態度が多すぎる。

 

想像はしても、創造することができない。

 

それは個々の先天的な能力の違いというものも度外視することは出来ない問題なので、一概に批判することは間違ってますが、その範疇にない程度のものに対しても、何ら自分なりの、人としての努力の片鱗が見えてこない。

 

料理が下手!?
料理ができない!?

 

麻耶さんのブログは、人間「努力しなくては美しくなれない」ということをリアルタイムで観せてくれているようで、そういう視点からのみ観察すれば、非常に面白い面もあるといえなくもないのですが、やはりあまりに取り扱う内容が浅薄過ぎる。

 

残念という感情すら浮かばない。
ただ”虚しさ”だけを引き寄せるだけのブログと化してしまっているように感じてならないわけです。

 

数秘で見ず知らずの人々の明るい未来を壮大なる表現で占っている麻耶さん。

占われる人々の気持ちを考えたことがありますか。

 

化粧崩れをした美容部員に、このファンデーションがお薦めですといわれて購入するお客様は果たしているだろうかと考えれば答えは出ます。

 

尾畑春夫さんの放つ言葉が多くの人々の琴線に触れてますが、それは言葉の秀逸さじゃなく、名もなき花でもいいから人の役に立ちたいと思う「奉仕の心」や姿がそこにあるからですよ。

 

語らずとも瓦礫を運ぶ背中が語るのです。

ゼクシィを読むのもいいでしょう。

 

でも、人間力や文章力を高めたいと話していたブログの言葉に嘘がないのなら、今こそ多くの書に触れて人間力を磨いたらどうでしょう。

 

響かないかな、どの言葉も。

 

 

ではまた。

 

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