毒舌ころも

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麻耶「世界が平和でありますように」綺麗事に読者離れ加速か

 

 

ころもです。

 

ブログ収入は命綱だから止めるわけにはいかない。

引退しても「芸能人枠」は死守したい。

 

そんな願望を持っていることが露呈してしまっているのに美辞麗句でブログを飾るから読者が離れていくのではないでしょうか。


今月に入って現時点まで、フォロワー解除は1000人以上。
そして今なおその数はゆるやかながら減少の一途を辿っています。

 

更新するほどに増えるどころか減る一方のフォロワー。
これは一体何を意味するのか。

 

麻耶さん自身が一番わかっているのじゃないでしょうか。

 

 具体的な話は何も出てこない

 

曲がりなりにも、日本赤十字社の名のもとに献血推進事業に携わり『いのちの授業』と銘打った講演を行っていた事実を、現在の麻耶さんはどう捉えているのでしょう。

 

その後の度重なる災害に対する麻耶さんの無頓着な様子からすれば、契約が切れたものには「もう何の興味もない」という印象すら受けますが、さすがに猛烈な台風や大地震が「お惚気シリーズ」や「だし巻き玉子」の不謹慎ムードを吹き飛ばした形となって以降は、表面上だけでも繕わなくてはブログ継続も難しいと判断したのか、4日連続で被災地見舞いの言葉を冒頭に掲載しています。

 

そしてもちろん今日もその冒頭は健在です。

ただし、特筆すべきはその後の内容。

 

いろいろな意見、感想があるでしょうが、

「同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと、それを狂気という」

そんな、アインシュタインの名言が脳裏をよぎったものです。

 

大地震発生からだいぶ日にちが経ってからの見舞いの言葉を4日連続繰り返し、それで失った信頼が元通りになるだろうと望みを持っているのだとしたら、それは確かにそういう名言も浮かぶというもの。

 

「人間力、そして文章力をつけます」と宣言した麻耶さんでしたが、だし巻き玉子の”完成形”だけを画像アップしたときと同じく、やはり大事なところを割愛してしまう癖があるように見受けられます。

 

すでにそこにある「人間力」「文章力」を持ちだしてくることによって「虎の威を借る狐」になってる、今日のブログに対する率直な感想です。

 

 

世界平和を願う人が、読者の声には無頓着!?

 

今日のブログは12:09に更新されました。
タイトルは「2018/09/11」。

 

こんにちは
 
被災された方
お見舞い申し上げます。
一日も早く日常が戻ってきますように。
 
9.11
アメリカ同時多発テロ
 
あの日のことは今でも鮮明に覚えています。
 
 
世界が平和でありますように
心から願います。
 
 
9月11日に必ず、思い出す詩があります。
 
ご存知の方も多いと思いますが...
 
『   最後だとわかっていたなら  』
 
今日一日を大切に過ごしたいと思います。

 (引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

最後には、『最後だとわかっていたなら』の本を掲載。

 

しかし、このタイミングでのこの発信。
もっと多面的に世の中の情勢や人間心理を想像すればできないことでしょう。

 

一見、とてもまともで真摯な内容に見えますが、立派なのは取り上げられた著書の中身であって麻耶さん自身から生まれた言葉でも行為でもない。

これはその内容云々以上に、誰の発信なのかということが重要なのです。

 

最善を尽くし、丁寧に、誠実に日々を生きている人が取り上げたのなら、その話の内容も心にすっと染み入るわけですが「他人に迷惑をかけても生きたいように好きなように生きる、なんでも◎」を日頃から信条にしている人に言われても、”世界平和”がただの四字熟語にしか見えないし聞こえない。

  

それはどんな言葉も軽佻浮薄に聞こえるわけです。

 

ではまた。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

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