毒舌ころも

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麻耶ウソ発覚で「早く消えろ」「不幸のどん底に落ちろ」の声

 

 

ころもです。

 

一周回って、唖然。
言葉を尽くす、甲斐もなければ価値もない。

 

人間の品性、品格というものは極限状態にこそ現れる。

 

国難のときに毎回個人的な「大はしゃぎブログ」で紙面を奪う麻耶さんの、その作為的なブログアクセス集客法に多くの読者は呆れ果て怒り心頭です。

 

北海道の大地震によって皮肉にも明らかになった「姑息な麻耶さんのウソ」。
しかしこの天災がなければ、真実じゃなくとも未だに「自分に都合がいい解釈をされているなら」そのままでいい、誤解させたまま「真実になるのを待とう」という姿勢であったことが伺え、その「なんでも◎」精神に底知れぬ怖さを感じずにはいられません。

 

ひとつ嘘をつけば、その嘘を隠すためにまたひとつ嘘をつかなくてはならない。そしてその新たなる嘘の辻褄を合わせるために、またまた新たな嘘をつく。

エンドレスですね。

そのうち、自分自身も何が本当で何が嘘なのかわからなくなるでしょう。
そして、やがてはその嘘が真実のように刷り込まれ、記憶に閉じ込められる。

少しも大げさな話じゃありません。

 

それにしても、「どんな真実」から目を背けさせたくて読者に嘘の情報を刷り込もうとしているのでしょう。

 

そこに「鍵」がありそうですね。

婚約はしたけど結婚はしていないのでは!? 

 

語るに落ちる。

 

これは「何気なく話しているうちに、うっかり本当のことを言ってしまう」という意味ですが、まさに昨日の「北海道地震への遅すぎる見舞いの言葉と誤解させたことへの謝罪」ブログは、その「語るに落ちる」の内容がしっかり盛り込まれていたように思います。

 

 

とってつけたような「だし巻き玉子」の画像。
狐につままれたような現実味のない「新婚生活」。

 

本の目次だけを読まされているような感覚が常につきまとうのは、そこに「実体がない」からじゃないのか、そういう疑念を読み手に持たせてしまうのです。

 

なにより、

 

自己顕示欲の塊と揶揄される麻耶さんが、
一般人になっても芸能界に未練たらたら目立ちたがることを好む麻耶さんが、

 

初婚だというのに「入籍しました」という報告だけでウェディングドレスのひとつも披露できない現実に我慢ができるのだろうかという素朴な疑問があります。

 

一般人だからご主人を公表しないというよりは、公表したくないからご主人を「一般人」であると強調し続けているのじゃないかという疑念も同時に抱かせる。

 

子どもたちの送迎という名目で一時は同居までしていた麻耶さんの電撃的な結婚に対し、周囲に諭され仕方なく発言したような海老蔵さんの祝辞らしからぬ祝辞、そして、ブログではもっとも親交があったのじゃないかと思われていたヨガのkoyumiさんの、これまた遅すぎる儀礼的な短い祝辞。

 

どれひとつとっても「何かあるな」と思わせるのですよ。

 

真実は本人じゃなければわからないので推測の域を出ないですが、もしや、結婚したことにしておきたい切実な事情があったということに尽きるのでは?

 

それこそ週刊誌が記事にしていた海老蔵さんの襲名の邪魔をしないで欲しいという梨園と、自分を後妻に選んでくれなかった海老蔵さん、はてはその一家へ対する逆恨み的な想いから、自虐で破天荒な道を選び、今に至っているということはないでしょうか。

 

 

北海道在住と思わせたかった真意はどこに?

 

どんなに麻耶さんが否定しようとも、8月12日のあの言葉、

今日の羽田空港
とても混んでいました!!
 
ご挨拶しっかりしてきます。
ドキドキ。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログ 8/12 22:25) 

は、結婚して初めてのお盆休みであり、かつ、電撃婚であった事実もあって、これはご主人の実家、ご両親や親戚への挨拶まわりだろうと多くの読者が思ったわけです。

 

そこに罪はないでしょう。

 

これほどに少ない材料から類推するしかないのですから。
毎回読者を翻弄するのが楽しくてしょうがない麻耶さんの常套手段に辟易しながらも、読者たちはそれぞれに「そうか、北海道が実家なのか」と理解して、応援メッセージも送っていたわけです。

 

当たり前ですが、ご主人の実家が関東であることは麻耶さんにとってはわかりきった事実であるのに、どれだけ多くの人が北海道という言葉を使って言葉を尽くしても、それを一切否定することなく、誤解が膨らむのを楽しげに見ていたということになるでしょうか。

 

でも、それこそ青天の霹靂の大地震が起こり、北海道が実家だと否定されていないのだから信じ込んだままの読者たちは、これは大変だとばかり心と労力を割いてブログコメントを数多く残していたわけです。

 

しかし、北海道と間違って解釈されている事実を百も二百も承知のうえで、これ好都合とばかりに高みの見物をしていたところが、大丈夫か? 無事か?の大合唱に応えずしてはブログ更新もままならなくなったため、やむなく、触れたくもなく、否定もせずに誤解させておきたかった「ご主人の本当の実家」について語らずを得なくなり、ではなぜ3日間もの間、一言の無事の報告も見舞いの言葉もないのかと責められるのがわかっていたからこそ、そこに「実家が被災したと同じぐらいに同情が集まる、探られることのない他人」としての大恩人をクリエイトしたのじゃないかと、そんな疑いを持ってしまいます。

 

推測の域を出ないことは重ねて強調しますが、そんな推測をさせてしまうほどにすべてに誠実さが感じられない、真実が感じられないのです。

 

北海道地震にまぎれて「誤解を招く発言」をしたことに対する謝罪をした麻耶さんの記事に対するヤフーのコメント欄は大荒れです。

 

「早く消えろ」
「どこまで腹黒いんだ」
「不幸のどん底に落ちるといい」

 

麻央さん闘病中の、「妹思いの献身的な姉、小林麻耶」さんのイメージなどは微塵もなく、ただただ罵詈雑言が膨らむばかり。

 

しかし冷静になれば、何もないところに罵詈雑言を吐くほど世間の人々も暇じゃありません。裏切られた、騙された、してやられた、という感情から言わずにいられないという想いに突き動かされての投稿もあったことと思います。

 

プロが見ても首をひねる「だし巻き玉子」、結婚祝いに贈られた花とは思えない色や形や披露の仕方、すべてはブログ更新のために使った「演出」「小道具」に過ぎないのではないか。

 

多くの人の脳裏に、「また嘘じゃないのか」「あれも嘘だったのじゃないか」という「?」が渦巻いてしまってます。

 

ブログを続けるなら、昔取った杵柄を捨て、イチから築き上げていったらどうでしょう。

 

芸能人枠の美味しさはそのままで一般人の「いいとこ取り」も掴み取る。
一挙両得と喜んでいられるのもあとわずか、というより、こぼれ落ちていくだけのブログのフォロワーを食い止めることももはや至難の業かも知れません。

 

正直に、真面目に、愚直に生きるのが一番の幸せへの近道ですよ。

 

今回の謝罪に対する「ヤフコメ」を読むよう、本当の友人は声をかけてあげてはいかがでしょうか。ブログコメントの「謝罪しなくていいですよ」が真実の声と思っていては、本当に何もかもを失いかねません。

 

謝罪しなくていい、というブログ読者と、
嘘をついていたら信用をなくしますよ、という世間の声。

 

どちらが自分にとって必要な声なのかを見極めるのはでも、自分に甘い、なんでも◎の麻耶さんなのですよね。

 

ではまた。

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