毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

小林麻耶の引退は「テレビ出演」だけの意味だった!?

 

 

ころもです。

 

ヤフーニュースからも徐々に消え始めている麻耶さん。

それはそう。

 

そもそも露出の多さというのは、人気や実力のバロメーターと必ずしも一致するものではなく「話題性」こそが優先されるのですから。

 

わかりやすいところで言えば、木村拓哉さんと工藤静香さんの次女、コウキさんなどがそう。

 

つい最近デビューしたばかりの実績も実力もない、何もかもこれからという、バリバリの新人であるコウキさんが毎日ヤフーニュースを飾っているのを見て、

 

「さすが実力がある人は違うなぁ」
「さすが人気者は違うなぁ」

 

と関心する人はほとんどいないでしょう。

誰もが親の七光りで登場したコウキさんだからこそ注目を浴びているということをわかっているし、誰もが彼女にあるのは「期待値」や「興味本位」というものであって、まだまだ実力や人気はともなっていないというのがまともな意見です。

 

話はそれましたが、小林麻耶さんのヤフーニュースへの露出、記事の取り上げ方も同様で、人気でも実力でもなく、彼女がまた「やらかした」という興味本位に食いつく読者狙いという部分がほとんどではないでしょうか。

 長過ぎる夢を一年間見ていただけのこと

 

姉妹の確執などというものは何も珍しいことじゃなく、最愛のものが最愛ゆえに目の上のたんこぶになるということは枚挙にいとまがないこと。

別に、小林さん姉妹を限定して話しているわけじゃなく、人間の心理とは沼の水ではなく、流れる川のようだと思えばすぐにも理解できることです。

 

とどまることはない。
だから、面白いし、興味深い。

 

麻耶さんの電撃婚、その後の引退というのは彼女のブログを一切読んでいなかった人々に対しては青天の霹靂だったかもしれません。

 

しかし、

 

彼女のブログを麻央さんの闘病ブログあたりからでも読み進めていた読者ならば、大ファンの海老蔵さんの妻として選ばれた妹、それを羨望する海老蔵さんの大ファンと公言していた姉の麻耶さんの、麻央さん亡き後の言動に”再婚の意志が満々”であったことはたやすく想像できました。

 

同じ屋根の下で暮らす日々、共に外食、共に旅行、共に、共に……
それは勘違いもするでしょうし、夢も満たし、美味しい想いもしたでしょう。

 

けれども、その生活が終わったのです。
麻央さんの姉という立場で得られた高待遇のすべては、一周忌を経てすべて蜃気楼のように消えてしまった。

 

麻耶さんの奇行と呼ばれるような言動が顕著になったのは、後妻の最有力候補と噂されていたことで完全に将来を夢見てしまい、けれども、それが無責任な噂レベルに結果とどまり、最終的には海老蔵さんからも何がしかの結論を貰ったことによるのでしょう。

 

世間、読者、マスコミも含めた大方の解釈はそうだと想います。

 

梨園の妻として後妻に入るかも知れないと思えばこそ耐えてきたこと、続けてきたこと、あるいは律していたことのすべてが「無意味に思えた」瞬間があったのだろうなと推察しています。

 

だからこその、露骨な妹をディスるような「ジャンクフードが好きでした」や「海老蔵さんと噂が立たないように見守っていてね」といったお門違いの発言を嬉々とし、スピリチュアル系の要人と思われる人々との交流、イベントの参加、隠密なのかそうでないのかわからないイビサ島への旅行に、「身体が勝手に動き出した」といいながら、ちゃんと撮影にふさわしい状況で画像を撮影しブログやインスタにアップするなどの奇行も平気でしてしまう。

 

これを世間では「自暴自棄」といいます。

 

着飾る必要がなくなったから、等身大以上の自分、人からどう見えるかが大事だった人生を送る必要がなくなったということの開き直り。

 

ようやく本来の自分らしさを全面に出して生きていくことができる、そういう状態が今なのかもしれません。

 

作った自分のテレビ出演より、素の自分を出せるSNS

 

芸能人枠のままブログを継続し、さらにはインスタアカウントを新たに開設してまで始めた麻耶さん。

 

芸能界引退をしたのに、むしろ芸能界に入ったばかりの人がするような行為をしていることに世間からブーイングの嵐です。

 

ただ、こう考えると非常に理解できるところも。

 

それは、麻耶さんの最後のプライドです。

 

 

麻央さんの恩恵によるところがほとんどとは言え、とりあえず自分だけでは得られなかった読者数。

 

それによって生み出されるブログ収入という旨み。

これを手放すことは当分ないでしょう。

 

だったら芸能人でいたままのほうが、一般人として徐々に忘れられるよりは収入面でも得なのじゃないかと思いがちですが、ここにひとつ落とし穴があるというのか、見落としてはいけない部分があるように思うのです。

 

 

芸能人としてブログを続ける限り、仕事の番宣としても使っていたわけですから、そういう方面、つまり、お仕事が入りました、こんな感じでした、といった報告をする必要があるし、義務じゃなかったとしても、これまでそうしてきた麻耶さんにしてみれば報告できる仕事があればブログで紹介したい、宣伝したいという気持ちがあるはず。

 

逆を言えば、

 

仕事がなければ報告ができないし、報告がないことでイコール仕事がないということを公にしてしまうことにもなってしまう。

 

誤解を恐れずにいえば、

 

芸能人を続けていたら需要が亡くなっていく自分、お仕事が激減していく自分の姿をずっとブログ上とはいえ晒し続ける結果になる。

 

でも、

 

ブログを続けてはいても、芸能界を引退した一般人ということなら、ブログの美味しさはそのまま、仕事のことにも触れることなく安心して更新できるということになる。

 

芸能人でいたならば、番宣がないな、仕事が入ってこないのかなと常に注目を浴びることになるけれども、引退して一般人になったならばそんなことに振り回されることなく、ブログ収入の美味しさはそのまま残し、仕事については「もう引退したので」ということで説明義務もない。一石二鳥、一挙両得状態になる。

 

電撃婚や、不思議ちゃんキャラによる発言の興味本位から一時的に番組出演が増えたとしても、それは麻耶さんを専業主婦の反面教師として利用しようとしている内容のものだったりと、センセーショナルな部分だけを使おうとしているだけで、使い捨てのようなもてはやし方になるのが関の山。

 

麻耶さんはそういう意味では、自分の芸能界での寿命というものを早々と悟った可能性がありますね。

 

事務所にしても、生放送での発言や自由奔放な私生活の言動も踏まえ、これ以上の継続は互いのためにも良くないという判断があったのかもしれません。

 

貢献してきた部分に対する敬意を払って、所属アナウンサーをたくさん登場させて最後の花道として「今夜、くらべてみました」に出演させたのかもしれない。

 

自分の結婚を「まさかの」と言い切ってしまう麻耶さんの自己管理能力についても不安を抱いたでしょうし、麻耶さん本人以外によるスピ系の人々との交流画像の流布や、「いのちの授業」が適任じゃないということでのクレームも少なくなかったと思います。

 

共倒れするよりは、結果良かったということになるでしょう。

 

麻耶さんのブログもインスタもスピリチュアルの匂いがより濃いものになっていく予感がするし、それに付与する多くのことを背負い混むほど事務所も人手がないわけじゃない。

 

三十代最後の年齢での、おそらく周囲の誰もが知らなかった電撃婚が色々な人の思惑に最後の一撃を加えたように思えます。

 

いずれにしても、麻耶さんの日常は芸能界引退前と何ひとつ変わらないといってもいいですね。

 

唯一変わったことはといえば、テレビに出なくなったということと、インスタがプラスされたということ。

 

テレビ出演がなくなったことで「番宣がブログから消えた」こともあるかな。

 

普通の主婦、一般人になるための「芸能界引退」と見るから理解不能になるけれども、芸能人として語るべき仕事が現在も未来も無くなったゆえの苦渋の選択とみれば、多少の同情をもって現状を捉えることもできそうです。

 

にしても、親身になってアドバイスできる友人や身内はいないのかと思います。
それとも、アドバイスに耳を貸さないのでしょうか。

 

すでに麻央さんがこの世にいない以上、ここは母親の踏ん張りどころと思うのですが、それどころじゃないなにかがあるのか。

 

koyumiさんも離れた感じですね。

ではまた。

 

小林麻耶最新・関連記事はコチラ