毒舌ころも

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麻耶8日間の沈黙後「ココロは、ドタバタしてました」の甘え

 

 

ころもです。

 

墜落しそうな飛行機の中ですら、人は気持ちがあれば何らかの言葉を書き記し、残そうとするもの。

5月23日〜5月30日の8日間、麻耶さんは「メッセージ とても、有難かったです」と言いながら、生存さえ心配させるような長い沈黙を心配するファンの気持ちを存分に味わいつつ、どんな想いで一行の言葉も発せず過ごしていたのでしょう。

 

非情な方ですね。

 

5月の最終日である昨日、実に8日間の不気味な沈黙を空けてブログ更新した麻耶さん。

麻央さんの月命日である5月22日が最後の更新日であったこと、5月病と言われ気持ちが落ち込みやすい人が出やすい時期であるというタイミング、そして大ファンである妹の旦那さんの再婚相手との食事の記事などがあったことで、一部のブログファンはともすれば麻耶さんへの信頼が完全に失墜しそうになりながらも、なんだかんだと個々人レベルでモチベーションを維持していたように思います。

 

健気ではありますが、厳しい言い方をすればそろそろ覚醒する必要があるかもしれないとも同時に思ったものです。

 

冒頭でも記したように、本当にブログコメントを幾つかでも読んでいたのなら、とても黙ってそれを見ていることなどできるものではない。

数秘が面倒だったとしても、これほど親身に自分に語りかけ応援してくれるファンの心を思ったなら、「更新できてませんが、無事です、元気です」ぐらいの一言をいって安心させようと思うはず。

 

本当に読者を思うなら数秒で入れることのできる言葉を入れないわけがない。


それをしないのは、それが麻耶さんの読者への偽らざる本心と解釈され批判されても致し方ないと諦めるべき。

気ままなブログ更新でよかったものを、自分自身が誕生日数秘という毎日の更新を余儀なくされる、またそうでなければ意味をなさない中身で埋めようとしたことの軽率さが際立った8日間でもありました。

さて、8日間の沈黙を麻耶さんはどんな言葉で弁明したのでしょう。

 とても、有難かった? 受け取るだけでいいわけ!?

 

9日ぶりのブログ更新。

5月31日の18:41に更新されたブログタイトルは

「お久しぶりです。。。」でした。

 

大変、ご無沙汰してしまいました。

ご心配かけてしまい、ごめんなさい。

 

メッセージ
とても、有難かったです。

 

心配かけていることがわかっていて、しかもそれを有り難いと思っていながら「元気なので心配いりません」の一言すら入力しようとしない自分の気持をどう思っているのか、それは麻耶さんのみぞ知ることですね。

 

冷静に物事を見ることのできる人々からすれば、完全にスルーしてしまいたくなるような言い訳です。

 

体調は、大丈夫です。

ココロは、ドタバタしてました。

 

今日から
またよろしくお願い申し上げます!

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 心を「ココロ」と変換できる余裕があるのですから大丈夫でしょう。

いろいろと効果を狙っているようにしかもはや感じられません。

 

ココロがドタバタ……

 

誕生日数秘を無視され続けている読者ファンにしてみれば、ココロがモヤモヤの頂点を極めていたことと察します。

紫陽花の画像をここで3枚画像アップ。
いつものことですね。

 

続けて告知に入ります。

 

6月2日土曜日
 
福井県に
 
献血イベントで行きます!!!
  
お時間ある方、ぜひ、 
お会いできたら嬉しいです。
 
  

告知遅くなり、すみません。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

これが言いたくてのブログ更新だったのでしょうか。
ドタバタで片付けられるのですから、気楽ですね、何もかもが。

この後には福井で行われる献血イベントの告知内容が事務的に書いてあるだけなので割愛します。 

この1時間後にさらに1記事更新。
タイトルは「一休さん」です。
 
 

やはり麻央さんを出してきた

困ったときの麻央さん頼みは今回も揺るぎません。

世の中の多くの人は、身近な人の死をたくさん経験しています。全員ではないにしても、多角的に言えば、遺族でない人類は一人として存在しないほどに、みな何かしらの傷や悲しみを背負って生きています。

 

麻耶さんは今回のファンへの不義理な態度を払拭する格好の材料として捉えているのか、麻央さんの存在をまたも出してきました。

これが世間に「あざとい」と言われる所以でしょう。

 

皆さま
早速のメッセージ
ありがとうございます。

励ましや優しさに感謝が溢れます。

 感謝が溢れる? これはもう聞き捨てならないほどに歯の浮く言葉に感じますね。感謝に溢れるのに「大丈夫です」や「元気です」の一言を入れる誠実さのかけらもない。

もうこれら言葉を鵜呑みにするのは、盲目的なことを自分に強いている一部の読者ファンぐらいのものじゃないでしょうか。

 

そしてここです、

来月は妹の一周忌で、、
言葉に出来ない感情が
おしよせてきてしまいました。

麻央さんの一周忌を前にこれを言えば大概のことは許されるという算段があったのでしょうか。

あれほど麻央さんのご主人と接触する時間、子供たちと戯れる楽しい疑似家族的な時間を謳歌しながら、一体どんな「言葉に出来ない感情がおしよせてきた」というのか、もはや考えることすら面倒になってきました。

 

さらに唐突にも、

一休さんのことば、
ありがとうございます。

素敵なことばだなぁー。

とコメントが続き、「えび・ちり子」さんという名前の読者のコメントを掲載していました。

 

それを引用すると、

『慌てない。慌てない。ひとやすみ。ひとやすみ。』by一休

無理は絶対しないでくださいね。 

というもの。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

都合のいい言葉しか読まないのでしょうか。
心配でしょうがないといった読者ファンの言葉はスルーして、自分を心配する優しい言葉にしか目を向けない、耳を傾けない、これでは人としての成長など望むべくもありませんね。

同じことを何度くり返すのでしょう。
茶番に付き合っているこちらも悪いのですが、本当に笑いさえ出てきません。

 

甘いこのコメントの下には、

 

はい。
無理はしません!!
 
つい、無理してしまうので、
どうせ頑張ってしまうなら
無理しないことを頑張ります

 と、明らかに毎日の誕生日数秘を怠けることを予告するような言葉がズラリ。やはりかという感じですね。想定内です。

 

さらに麻耶さんは、自分が好きな一休さんの話として、

 

一休さんが亡くなる前、
お弟子さんたちに
 
「どうしても、どうしても、困り果て、
苦しくなったとき、これを、開けなさい。
でも、それまでは、絶対に開けてはならないよ」
 
と、言って、
巻物を渡してくれたそうです。
 
お弟子さんたちは、
何度も開けたい時があったけれど
 
みんなで知恵を振り絞り、
困難を乗り越えてきた。
 
しかし、ある時、
もう、、、、だめだ。
 
という時がやってきて、
その巻物を開けようと
決めた。
 
そして、
巻物を開けると
そこに、、、、、、、、
  
 
「大丈夫。心配するな。
なんとかなる」
 
と、書かれていたそうです
おしまい♡

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

と書き記してこのブログを締めています。

 

何がありましたか。

 

海老蔵さんの再婚話が現実的なものとなってきたことに気が動転したということでしょうか。

 

伯母としての立場だけで生きていくことが辛いのですか。
伯母が伯母でしかない現実と向き合う時期に入ってきたことが悲しいのでしょうか。

 

当然すぎる現実が迫ってきて、それで苦しいということなら慰めようもないというのがファンの心理じゃないでしょうか。

何があって今の状況となっているのかは一切語らず、遠回しに自分の窮状だけを訴える。これは読者のほうが成長していくわけです。

カウンセラー化してしまうのも致し方ない。
麻耶さんだけが成長の機会を奪われ、読者だけは寛容という授業を次々と乗り越えていくという不思議な減少が麻耶さんブログで起こっているように思います。

この後2記事更新してますが、それは次に回します。
疲れ果てました。
 
(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)