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海老蔵 まるで麻耶の口ぐせ!?「おすそ分け」発言の怖さ

 

 

ころもです。

 

結局あれでしょうか。

報道のとおり同居解消した時期もあったでしょうが、今は週にどのぐらい同居状態が続いているのでしょうか。

 

わからないですね。
そして、わからないことが世間的には噂になり批判にもつながっています。

 

こういうとき、自分だったらどうするか。

自分がファンに支えられる職業を選んでいるとしたら、もちろんそのファンたちの疑問や疑惑に対し誠実に対応したいし、請われずとも自らその疑いを晴らしたいと躍起になると思います。

 

話は変わって、近ごろの海老蔵さんのブログでは愛犬ラブちゃんの露出が多くなってきました。

これは、おそらく小学校入学と無関係ではないでしょう。実際週刊誌記事には、子供たちのブログアップを良しとしない学校側の忠告に際し、海老蔵さんが「それは命令ですか」と話した場面も掲載された経緯がありますから、この一連の流れからいけば、麗禾ちゃんの露出は減らさざるを得ないでしょうし、その穴埋めに何かがくるとなればそれが愛犬ラブちゃん、ということになったのかという解釈に結びつきます。

実際可愛いですしね。

ただ、そんな可愛さで日常の「曖昧模糊」とした状態を消せるほどに事は簡単じゃないように思います。

 

海老蔵さんのファンであるかどうかでいえばファンでも何でもないですが、麻央さんの闘病からの今の状態を見てきたものの感情の流れとして、今の義理の姉との長すぎる接触、少なくとも、そう思わせるに十分な「思わせ」「匂わせ」のブログの発信方法には激しく首をかしげざるを得ません。

 その表現方法に「意味をもたせたい」から限定!?

その日でないと「ほとんど意味をなさない」誕生日おめでとうの”誕生日数秘”を「遅れました」という言葉で「帳消し」にできるとわかったのか、麻耶さんは待ちわびているファンの気持ちに寄り添うことなく「まとめ祝い」する技を多用するようになりました。

 

現に、昨日も一昨日も誕生日の人は当然いるわけですが、その方たちの思いなど考えてもいないような「空白の時間」を過ごしているように見えます。

 

忙しくて仕方ないとしたら、それは芸能人の端くれである以上視聴者でもある読者たちの目に耳に入ってくる代物であることでしょう。

 

でも、入ってくるのは半年に1度か2度程度のスカッと!か献血推進の話ぐらい。つまり、なぜに習得したはずの数秘占い数行を書く暇もないのだろうかと読者は不思議に思ってしまうわけです。

 

そして海老蔵さんのブログも併せて読んでいると、そこに麻耶さんの影がちらほら。おおっぴらに名前が出ることも姿が出ることもないけれど、状況が麻耶さんを浮かび上がらせてしまうことがしばしばなのですね。

 

匂わせ、思わせることで何が得られるかをよくわかっているからでしょう。人はわからないことは知りたがるし、知ることをなかなかやめることができない。

 

だって、謎なんだから。
その人間心理を巧みに操っている、弄んでいるように見えるから反感を持たれてしまうのです。

 

 

「皆様におすそ分け」って「お福分け」のマネ!?

 

誰かが使っているから他の人が使ってはダメということではないです。

 

ただ、

 

これまでの「経緯」があって今を見ることが大事であって、そういう意味、観点から海老蔵さんの今日の、限定記事「幸運になるらしい」タイトルの中身には首を傾げてしまうのです。

 

麻耶さんのブログも同時に読んでいる読者なら相当数の人が感じたのじゃないでしょうか。

 

 

まるで麻耶さんの言い回しみたいと。

 

転載転用禁止の文言はないので一部のみ引用させて頂きますが、10:01に更新された「幸運になるらしい」というタイトルの中で海老蔵さんは、

 

見上げた空の先にある太陽に、虹の輪っかがかかっていることを画像と一緒にコメントとしてあげ、

 

幸運になるらしいです。

 

皆様におすそ分け

(引用元:市川海老蔵オフィシャルブログ「幸運になるらしい」より一部引用)

 

とコメントしています。

 

「らしい」というからには”人づて”ですよね。

それって、”誰からの”人づてですか。

 

そして、「皆様におすそ分け」という言葉遣い、言い回しは麻耶さんお得意の「お福分け」を彷彿とさせるのですが、これも意味あって使っているのでしょうか。

 

無意識だとしたらなおのこと怖いですが、だいぶ感化されているように感じます。

 

今、ころもは心から麻央さんに同情の気持ちを持っています。

 

麻央さんの人生のほとんどをほぼ知らないといっていいほどの赤の他人である自分ですが、少なくとも麻央さん逝去後から今日までの時間に何を見せられてきたか。

 

それが真実かどうか誰にもわからないものだとしても、見せられた側が限りなく耐え難い感情になったことだけは事実なわけで、麻央さんがそれを実は肯定的に天国から見ているのが真実だと言われたとしても、人として許しがたい感情が沸き立つのを抑えきれない、それが正直な感想です。

 

海老蔵さんにとっての「幸運」とは何でしょう。

 

幸運になるよ、と伝えてくれた人と生きることでしょうか。

 

寸暇を惜しんで子供たちをハグするために帰宅しようとする海老蔵さんに物申したい。

 

麻央さんと過ごすことのできたわずかな時間に、なぜ今ぐらいの熱量を出せなかったのですかと。

 

自分なら、歌舞伎界から放り投げられてもいいから限られた僅かな時間を愛する妻と一緒にいたいと思うし、いてあげたいと思う。

 

意識が遠のいていく愛する人を置いて仕事になんか出ていけない。
出ていった自分を生涯許すことなんてできないぐらいの気持ちになるでしょう。

 

十人十色の言葉で片付けるには、あまりに納得のいかないことばかり。

しかし仕方ない。

 

それもこれも別の人生。違う価値観ということでしょう。

 

麻央さん、まもなく一周忌ですね。

 

ではまた。

 

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