毒舌ころも

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海老蔵の子供の食事が悲惨!緑黄色野菜三食なしでも◎か!?

 

 

ころもです。

 

結論から言えば、あまりにも他人なので関係ないといえば関係のないことではあります。

ただ、読もうと思えば世界中の人が読むことのできる、いわば「自分の意見や日常を読んで欲しい、知って欲しい」という意図があって存在するのがブログだとすると、少し話は違ってくる。

 

そこには何がしかのメッセージがあると思って当然だし、そう解釈されてもしょうがない。

 そこに愛はあるのか

 

なぜなら義務でもないのに知らせているのは他ならぬ当事者なわけで、それによって生じるリアクションなるものが発生するのはあまりに自然なこと。

バッシングという大まかな言葉で一蹴されることが多いですが、バッシングをされている人の書くブログには、さすがにこれは「物申したくなる」ものが多分に含まれていることが多いのも偽らざる事実。

 

知られたくないのなら日記に記せばいいだけ。
世界中の人が読むなんて「大げさ」とヒステリーになるのは無知というもの。

 

危機管理とは常に「最悪の事態を想定して事に挑む」こと。

 

批判や意見を受け付けない、感想なんてもってのほかということであるなら、たとえブログで莫大なお金を稼ぐことができるのだとしても「書かない、知らせない、載せない」という判断をすればいいだけのことです。

 

それができるのにしないということは、つまり、「書きたい、知らせたい、載せたい」という意思表示をしている、そうみなされても致し方ない部分があるわけです。

 

ましてや日本一のブロガーといわれ殿堂入りまでしている人物ならばなおのこと。たった一人に呼びかけるブログではない以上、千差万別の多種多様な意見が返ってくることは容易に想像できるはず。

 

一切合切の声をシャットアウトしたいならば、無駄に情報を流さなければいい。それだけのことです。

 

たとえば悲惨すぎる子供たちの食事内容……

 

なぜ、あれを発信するのか。

載せない選択もできるのに、なんでもかんでも世界に届けようとするその行為に「何の考えも、意図もない」のだとしたら、それこそ一度立ち止まって考えたほうがいいかもしれません。

 

非の打ち所のない絶景にしたって、見る人によっては気分が悪くなるかもしれない。それほどに人の抱く感情というのは十人十色、人の数だけ存在するわけです。

 

読者の中には、母親を亡くした子供たちを心底心配する人たちだって少なからずいるわけで、そうとなれば母親のいない子供たちの食事について興味を抱く読者がいても全く不思議ではない。

 

そこに子供たちの食事らしきものが掲載されれば関心を抱くし感想も持つ。

ことに、三食のどこにも緑黄色野菜のかけらも見つけられないとなれば、

 

大丈夫なのか!?

 

そう思うのは人としてあまりに自然な反応です。

 

良くも悪くもブログは読まれてしまう。

それを百も承知でアップしているのなら、何か訴えたいこと、伝えたいメッセージがその中に秘められているのだろうなと漠然と思ってしまう。

昨日の麗禾ちゃんや勸玄くんの食事について、海老蔵さんなりの考えがあってブログアップしたのだとすれば、その意図は何なのでしょう。

 

「今日はおにぎりが所望のようです」

 (引用元:市川海老蔵オフィシャルブログ「朝ごはん」より)

 

麗禾ちゃんの朝食風景がモザイク入りの麗禾ちゃんともども画像アップされています。

 

海苔も巻かれていない感じの白いおにぎりと、何かがまぶしてある風のおにぎり2個で合計3個のおにぎりと、昆布巻きが2個。ウーロン茶風の飲み物と味噌汁。

 

これはまだ昆布巻きも味噌汁もあるのでいいですが、野菜がまるで見当たらない。

 

昼には勧玄くんがはちみつパンを食べる様子が画像アップされている。ここにもあれば写したであろう、野菜類は一切見当たらない。

 

そうかと思えばピクニックに行く2人の画像がアップされ、ピクニックマットの上で朝麗禾ちゃんが食べていた海苔もまかれていない何かがまぶしてあるおにぎりを頬張る勸玄くんの姿が見える。

 

その脇には、これまた海苔もまかれていない、ふりかけ?かと思われるようなおにぎりがラップに包まれた状態なのか、ころんと脇にころがっている。

画像のどこにもそれ以外のおかずらしきものがない、サラダすらない。

 

ここまで、まだ2人の子供たちは緑黄色野菜を一切とっていない状態といってもいい、少なくとも画像から窺い知れる範囲内ではそう。

 

サラダやおかずがあるのに、あえてそこを外しておにぎりだけが映るように撮る意味が意味もないし、意図もおかしいので、これは画像に写っているおにぎりがすべてといっていいのだと思うわけですが、それにしても糖質、炭水化物ばかり…

 

せめて夜は緑黄色野菜たっぷりで栄養もとらせてもらえるのだろうと思いきや、

 

 

「今日の晩御飯」タイトル(19:21更新)で画像アップされた夕飯は、

 

まさかの…

 

 

銀だこさん

 (引用元:市川海老蔵オフィシャルブログ「今日の晩御飯」より)

 

 

つまり…たこ焼です。

 

 

嘘でしょ。

これ、おやつでしょ?

 

食育の「し」の字もない、一年前に癌で母親を亡くし、身内を亡くしたことを思えば、食生活こそその基本とばかり注意するはずなのに、この惨憺たる食事内容はいったい何がどうなってしまったのか、開いた口がふさがりませんでした。

 

もちろん、これが毎日ではないでしょう。

しかし残念ながら、ここに至るまでの日常もブログに掲載されているので弁解は厳しいですね。

 

東急の紙袋を堂々と床におき、さも、これはお惣菜と告知するぐらいの勢いで皿に載せただけ状態の食事ばかり。

 

栄養バランスなどとは程遠い食事風景。

 

これでは病気になってしまいます。

 

この子供たちの食生活を見ていると、本気で子供食堂を教えてあげたくなりますが、たくさんの大人たちに囲まれているのでそういうわけにもいかないでしょうね。

 

たくさんの本を読み、食生活は本当に気をつけている自分の生活からすると、この子供たちの食生活は悲惨すぎると感じます。

 

キャベツやブロッコリースーパーストラウトは食べないの!?
プチトマトや人参やブロッコリー、かぼちゃやきのこや小松菜は!?

 

なぜ、野菜がこんなにも摂れてないのか。

関わっている大人たちの愛情が窺い知れる食卓ですね。
他人の子供、家のこととはいえ、仮にも大切な妻、麻耶さんにとっては妹を亡くしたわけですから、同じ病にかかっていると言われる麻央さんのお母さんの食事に対する意識というものも非常に気になるところではあります。

 

子供たちの食生活を本気で考えないと、未来は暗澹たるものになってしまいそう。
食生活が命を作るといってもいいのに、その食生活がこの体たらくではいくら贅沢ができても本末転倒になってしまうでしょう。

 

本気でこの生活体系を変えていく決心をしないと、後悔先に立たずになりますが大丈夫でしょうか。

 

他人ですら、気の毒なほどの食生活。

いかに自分の食生活が豊かでバランスのいいものか、それがわかるブログでもあります。

 

食生活に愛がないということは、子供たちにとっては真剣に切実ですよ、可哀想です。

 

この家には女性は誰もいないのかな、もしかして本当に。
女性がいてこの食生活はちょっと考えにくい。

 

 

ではまた。

 

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