毒舌ころも

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海老蔵はいつまで子供をブログでさらす作業をさせるのか!?

 

 

ころもです。

 

純粋に謎です。

自分だったら大事な子供の一挙手一投足を世界の誰でもが見ることのできるブログになんて絶対にさらさない。

こんな危険と隣合わせの世間、善人ばかりが生きてるわけじゃない世界に、年頃の麗禾ちゃんの股を開いたパジャマ姿や、上半身だけとはいえキャップをかぶって酵素風呂につかる勸玄くんの無防備な姿を何の考えもないかのようにさらす神経。

 

本当に、純粋にわからない。

 

わかることといえば、ブログアクセスがよほど欲しいのだろうということ。そしてそこから得る収入がよほど美味しいのだろうなということぐらい。

 

 それは”命令”じゃなく”忠告”でしょうに

今朝、07:11に更新された海老蔵さんのブログ、タイトルは「朝の定位置」に掲載されている麗禾ちゃんの画像。

 

あれ、出していいんですか。

自分が麗禾ちゃんなら親からの「虐待」とみなしますよ。

 

今は抵抗もできないまま、されるがままに被写体とならざるを得ないようだけれど、しかるべきときがきたら親とは絶縁の道を選ぶだろうし、それこそが自分が健全に生きる道だと心に決めて一刻も早く、一步でも遠く離れようとするでしょう。

 

自分が麗禾ちゃんなら、の話ですが。

 

それほどに同情する画像です。ピンク色のパジャマと思われるスゥェット姿の麗禾ちゃんがムニュムニュの大きなクッションにのっかり、麻央さんからもらったといって肌身離さずに持っているタオルを握りしめ、右脚の膝上までたくし上げあぐらをかいているような、簡単にいうと、とてもじゃないけれど本人が撮影して欲しいなんて間違っても思わないような姿で、顔だけいつものように消されてはいるけれども掲載されている。

 

何がしたいんですか。

口では子供を溺愛しているようなことをいっても、女の子の今、将来を考えたらこんな画像を掲載することは真逆にある行為。

 

危険で無防備で非常識で、取り返しのつかない行為に思いますね。
そんなにまでしてアクセスが欲しいのでしょうか。

 

子供のために掲載しないということはそれほど難しい判断でしょうかね。
少しも難しくないし、歌舞伎だけで頑張りましょうよ。

 

ブログに頼りすぎるから、いつまでもそれにかこつけて上がり込む人たちも出てくるわけだし、何かしらイベントを見つけてはズカズカと入り込む人々が絶えないわけですから…。

 

お金には換算できないとんでもない大事なものを失っているように思いますね。お金は天井がないですよ。

 

天井がないものを欲しがるより、目の前にいる子供たちの確実な今日や明日の居心地、環境をもっと考えてあげなければ、本当は可能性だらけの人生をドブに捨てる羽目になってしまう。

 

勸玄くんのどじょうすくいの姿や、望んだわけでもないだろう半身浴をしているような酵素風呂のキャップ帽の姿を誰が見たいというのですか。

 

これ以上見世物にするのはやめてあげて欲しいですね。

 

それとも、撮って撮って! 動画も残して!
世界中に見られたいよ、世界中の人が見るんでしょ!

 

撮って撮って! 

 

そんな風に子供たちのほうから要求されているのでしょうか。

違うのでは?

 

見ず知らずの人間たちのどんな好奇な眼にさらされるか発信者側は選ぶことができないのに、嬉々として同じような写真を何枚も掲載してまでブログ更新するのは、さすがに常軌を逸してます。

 

『週刊女性』4/10号に掲載された、 

「実は海老蔵が頻繁に更新しているブログについて、学校側は快く思っていないようなんです。子どもの私生活を出すような内容については、幼稚園受験のときにも注意されたとか。それを海老蔵は”それは命令ですか?”と答えたそうですよ」 

(出典元:『週刊女性』4/10号より)

 という記事の一部分を以前ころもブログで紹介しましたが、これを命令と受け取るということは、何の反省もないのが丸わかり。

 

つまり、やめるつもりなんてないということなのでしょう。

じゃあ、それはなぜに?

 

どういう理由から誰が考えても危険でしかない子供たちの現在地の報告、そして無防備過ぎる画像の貼付。

 

説明できるのでしょうか。

 

そのほうがアクセスが増えるからということが一番わかりやすい説明だし、多くの読者、仕組みを少しでもわかる読者なら「そういうことなのだろうな、気の毒に子供たち」ということで腑に落としているのだと思います。

 

スピリチュアル系のイベントに参加している伯母を子供たちの一番近くに置いている意味も不可解ですね。

 

その伯母が何を信じ、誰と踊ろうが勝手ですが、子供たちのことを真剣に考えたら話はまったく別でしょう。

 

子供たちと無関係の場所で、誰にも迷惑をかけることなく自己責任ということで楽しむことにとやかくいう必要も権利もないですが、ことは、自分の子供たち。

 

しかも成長途上、情操教育の大事な局面に居る。

 

影響は計り知れないという推察は最低でもなければ、あまりに呑気過ぎる。

 

ファンにも決断するときがあることを忘れてはいけない

 

 

生まれながら誰かの熱烈なファンでこの世に誕生する赤ん坊はいないわけですよ。

理由があって、誰かのファンになる。

 

お金と時間を使ってその人物を応援するようになる。

 

 

それは言い換えれば、その人を応援する「気持ち」「動機」「熱量」が下がってきたなら、いつでも離れることのある可能性もあるということを示唆しているわけです。

 

そのことを考えたら、とてもではないですがいくら便利でも使ってはいけない人がいる。依存し続けてはならない人がいることを海老蔵さんは真剣に考えるときが来ているように思います。

 

あれほど身近にいる義理の姉の動向が少しも見えていないわけがないですよね。見えていて見ないふりをしているというのなら、その様子、その全てを見てファンたちはある種の決断を近いうちにしてしまうこともあるでしょう。

 

その時では、もう時すでに遅しです。

ではまた。

 

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