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毎回ほぼ同じ!?麻耶の数秘「人生後半」に困惑の声

 

 

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ころもです。

 

お手上げです。

「叱られる」だけ見込みがあるという言葉、それは本当に深い。

つまり、見込みがない人を叱ってみたところで「暖簾に腕押し」まったく意味がないんですよね。

叱られる、それをちゃんと受け止め、反省すべきは反省する。

それが出来るということはある意味とてつもない「才能」なんです。

 

勘違いしている人が多いですが、信念というのは「持てばいい」というものじゃない。「どんな内容の信念か」それこそが重要。

 

間違った信念なら、そんなものは持たないほうがいい。

「語るに落ちる」という言葉があるけれど、まさに今の麻耶さんは話せば話すほど多くの誤解を引き寄せてしまうようです。

ただ、それが「誤解」ではどうやらなさそうだというところまで来ている。そしてそれを誰より証明してしまっているのが、さらなるブログでの自身が発する言葉なのだから、もはや「お手上げ」なわけです。

 何でもOKなら誕生日数秘も”投げ出せばいい”のでは!?

 

こんな形でもHappy Birthdayをもらわなければいけない。
そんな麻耶さんの数秘待ちの読者が心底お気の毒です。

 

麻耶さんにとっていかに数秘が「お荷物」になっているのか、それは言葉以上に行動がよく表しているのじゃないでしょうか。

今日も終わろうかという数時間前に、重い腰をあげるようにUPされる誕生日数秘。
いいじゃないですか、やめれば。

 

いやなことがあったら逃げ出してOKなんですよね。
麻耶さんの得意技なら、実践したらいいのです。

 

なんだかんだと重荷になってきたから、中途半端ですがやめますと宣言してしまえばいい。そのぐらいの投げやりな感じを今の麻耶さんの数秘発表のタイミング、そして内容から読み取れてしまうんです。

これは伝え手が「そんなつもりはない」ということにはあまり意味がない。そんな風にしか受け取れない以上、それが受け手にとってのある意味「真実」、「答え」になっても仕方ないんです。

 

昨日17日は、更新時刻が22:02。まさにその日が終わろうとする2時間前。

そのことを自覚しているのは、昨晩の麻耶さんのタイトルが、

「4月17日あと2時間♡」といことからもわかります。

 

想像力というのは「愛」であり「優しさ」です。

 

この想像力の激しい欠如が、こんな無神経な時間の更新になるのでしょうか。
22時間近い「失望」をその日の誕生日の人が味わっているとは考えないのでしょうか。

 

誰にも誕生日にお祝いして貰えない人に同情して始めたんですよね。
なのに、さらなる悲しみや切なさを味わわせることになるかもしれない、翌日にまたぐほどの時間での誕生日数秘に平気でいられる神経を疑います。

 

なぜって……

 

誕生日を誰にもお祝いしてもらえない、Happy Birthdayと言ってもらえない人が気の毒だから、可哀想だからせめて自分だけでも言ってあげようという、そういう主旨だったのなら、その対象となる人たちが「どんな想いでそのHappy Birthday」の言葉を待っているかというのはわかりきったこと。

 

なのに、いつになっても更新しない。
そうか、やはり誰にも祝ってもらえなかった、Happy Birthdayを飛ばされてしまった、そんな残酷とも言える時間を持たせてしまうことになる、なってしまう可能性についての想像力がまるで感じられない。

 

お祝いされた人はそれでも、誰からも祝いの言葉がないよりは「嬉しい」、「愛がある」と思うのでしょうが、そんな優しい気持ちすら踏みにじっているように思えてならず腹立たしくてならないですね。

人として誠実に対応しようという気持ちがあるなら、真夜中近くのHappy Birthdayに心が痛まないわけがない。

それはどんな日常を過ごしているのかわかるはずもないですから、信じられないほどの忙しさに見舞われている可能性だってゼロじゃないし、実際、物理的に更新どころじゃないという日があるのもわかります。あって、当然とも思います。

 

更新されずに待ちくたびれているその日の誕生日数秘待ちの読者にしても、そんなことを配慮して辛抱強くまっているのだと推察をしてもいます。

 

しかしながら、それは更新できないほどの忙しさであったという「事実」があるならということになるでしょう。

 

麻耶さんの場合、敢えてといっていいぐらい明らかな墓穴を掘るんですよね。溜め込んであるドラマを視聴していたということを書いて、数秘占いが遅くなったことに謝罪をしている。

 

明らかに、数秘よりドラマが大事ということを言っているにも等しいわけです。ドラマも確かに大事、麻耶さんの楽しみをすべて犠牲にしてまでブログ読者に奉仕しなさいと命令しているわけでもない。

 

そんなことを「書いてしまう神経」なのですよ。

なぜ「それを言わない繊細さ」がないのか。

そこです。

 

そりゃ、いろいろあるでしょう。
日常というのはところん雑務のオンパレードです。

 

00:00にHappy Birthdayを更新しろと言っているのでもない。
その日が終わるギリギリの時間になってしまうことがわかるなら、想像できるのなら、誕生日など毎日順番通りにやってくるのだから、先を読んで準備をしておくとか、予約投稿をするなど何かしら策はあるはず。

 

それをしないのは、それこそ”誠実さに欠ける”と言われても仕方ないのでは?

 

それはラクですよ、たった一行。
遅れてすいません! で数秘占いを掲載して何ごともなくできるほうが。

 

ただ、見えないだけで取り返しのつかない信頼を失っていることはノーカウントということになるのでしょうが、これはボディブローのように後々きいてくるものです。

自分のブログが大事、大好きといいながら、相手にとっての「ブログの意味、大事さ」には無頓着というのでは、人は離れる一方です。

 

ま、何を言っても届かないとは思いますが、あまりに利己主義な様相を呈してきているので物申さずにはいられなくなるんですよね。

 

昨日17日の誕生日数秘は、

目標に向かって進み、 
最後まで諦めない行動力、情熱があります
まわりからの信頼も得られるでしょう。
独自の美学、方法を大切に!! 

 (引用元:小林麻耶オフィシャルブログ「4月17日あと2時間♡」より)

 

という内容。

 

最後まで諦めない行動力や情熱のある人なら、それは周囲から信頼を得られるでしょうね。これは占いというよりは、事実そのものの語りですね。

なるほど。誰かは頷いていることでしょう。
世間話の範疇ですね。

 

そしていつもの「人生後半」

 

前々から何度も言っているとおり、麻耶さんの「人生後半」は自分のことですよね。認めることは一生ないでしょうが、麻耶さんのブログから知れる思考回路、信念、信条を知っている人たちにしてみたら、今日の麻耶さんの「宣誓」であり「予告」、そして「願望」であり「希望」だったりと、とにかく”麻耶さんの考えそのもの”という解釈をすると合致する。

 

昨日、17日誕生日の人への人生後半は、

 

堅いことは考えず
子供のように柔軟な心で
楽しさ、喜びを優先して
過ごして下さいね。

 

バースデー数秘 コバマヤ

 (引用元:小林麻耶オフィシャルブログ「4月17日あと2時間♡」より)

 

ということのようです。

 

楽しさ、喜びを優先。

 

 

ですよね、麻耶さんの大事にしている信念だし、日々ですよね。それを4月17日の人は人生後半に実行して下さいということになるのでしょうか。

 

なぜ?

 

今日でよくないですか。

あるかないかわからない人生後半より、今日、この時こそ楽しさや喜びを優先する生き方指南に格別の意味を見出すのだろうし、そこに意義を感じる人も現れるというもの。

 

わからないですね。本当に意味不明。

 

 

今日の助言、と言い換えたほうがいいのじゃないかと思うほど。
とてもじゃないですが、数秘が誤解されるのじゃないでしょうか。

 

それとも、これが数秘の限界ということか…。

 

まがりなりにも「アナウンサー部門1位」となっている人のブログに「バースデー数秘 コバマヤ」という文言が並んでいるのは不可思議さを通り越して哀れみを誘います。

 

転職というのは決して恥ずかしいことじゃないですよ。
麻耶さんなりに食べていく為の方策のひとつとしてブログ充実をはかるために、その大黒柱となるべき「何か」継続できるものが欲しかったのですよね。

 

そう多くの読者は理解しているように思います。

 

ブログアクセス稼ぎが悪いわけじゃないし、それによって生計をたてることが合法的なものである以上悪いことでもないけれど、それが他人の人生を左右する可能性のある「占い」という形をとっているなら、そこはもう少し慎重であってもいいのかなと個人的な危惧は感じます。

 

ではまた。

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