毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

麻耶「今日から、アメーバ限定にします」宣言で読者も唖然

 

 

スポンサーリンク

 

ころもです。

 

3月20日、21日と、わずか2日のうちに10記事も更新していたのですね、麻耶さん。

 

3月20日(火)に4記事。
本日、3月21日(水)は現時点で6記事。

 

ここまで読んで感じたことは、「関わるのは簡単、でも、関わらないのは至難」ということ。

善意を振りかざしている人を変えることは、悪意の人を変えることよりずっと難しいもの。

 

「信念に生きる」のは大事なことだけれども、もっと大事なのは、その信念の「矛先」。これが間違っていたとしたら、むしろ「信念」などないほうがいいと言い切れるほど、これは「おざなりにできない」とても重要なことなのです。

 ”賛辞のない読者”にはもう読ませない!?

 

麻耶さん、相当のところにきましたね。
自分の生き方、信念に賛同出来ない人には読ませません、という意気込み満々でブログに向かっている姿が文字を通してビシバシ伝わってきます。

 

昨日、3月20日は全部で4記事を更新。
タイトルは「ご当地大作戦 in 奈良♡ニコ生も!」「3月20日」「3月19日」「優しい夜になりますように☆」というもの。

 

★ 一つ目の「ご当地大作戦 in 奈良♡ニコ生も!」タイトルでは、

3/21に奈良で献血推進イベントが行われますという告知の内容に終始しています。

 

★ 二つ目のアメーバ限定「3月20日」タイトルでは、
久々に冒頭で誕生日祝いのメッセージとバースデー数秘をしたあと、

今日から、アメーバ限定にします。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

といきなり宣言。

説明としては、

PS 読者登録していない方も
ブログを読めて
 
ふと、誕生日に
 
自分の素晴らしさを見つめ直し
命を生かす
 
新しい 歳 が
さらに輝きますように
 
という気持ちをこめて
バースデー数秘を書いていたのですが、

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 ということでした。

 

ヤフーニュースにピックアップされた記事で数秘占いの話が出てしまい、さんざん揶揄されたことがよほど屈辱だったのかもしれないですが、なぜ「ちょっと先の未来」がいつも予想できないのかと、残念ですね。

 

特徴として「俯瞰する」ことが苦手なのでしょう。
今の自分が世間にどう映るか。行う行為が周囲からどう捉えられるか。

 

いつも感情の赴くままに突き進んでいるように見受けられるので、沈思黙考(沈黙して深く物事を考えること)という行為が限りなく苦手なのかなと推察しています。

アメーバ限定にすることを、アメーバ限定で教えてしまうのはそもそも”なにか違う”と思うのですが、どうでしょう。

 

被害者意識が強くなりすぎて、より思考の平衡感覚が鈍ってきているのかもしれないですね。思い通りにならないと責任転嫁してしまう。

 

そんな幼稚でヒステリックな印象を受ける、突然の「アメーバ限定」宣言です。

 

それにしても……

 

読者全員に伝えなければいけない大事なことほど「限定」にするのは何故なんでしょう。読者登録している数は、決して「イエスマン(追従者)」の数じゃないのに、なんだか不可思議な行為です。

 

 

★ 三つ目の「3月19日」タイトルもこれまた「アメーバ限定」です。ひとつ前の「3月20日」の更新からわずか8分後に更新。

しばらく休んでいたバースデー数秘とHappy Birthdayを順次やっていくつもりなのでしょうが、どうしてこれほど強迫観念に満ちているのかといえば、これを麻耶さんのブログアクセスの柱にしていきたいからだろうと解釈するのが妥当ではないでしょうか。

 

大黒柱にしていきたいバースデー数秘なのでしょうから、「当日にお祝いされるからこそ嬉しいし価値がある」という概念は不要なのかもしれません。

 

もはや「喜ばれる」から自主的に行うというよりは、「意地を維持」することが目的になってしまったような印象さえあります。

 

「なんでもオッケー」という麻耶さんの価値観からすれば、祝いの言葉さえいえば、誕生日がとうに終わっていようが何だろうが関係ないということになってしまいますね、最高ですね、「なんでもオッケー」。

 

もはや「相談」そのものが不要かもしれません、どうせ「なんでもオッケー」ですから。

 

この「3月19日」タイトルのアメーバ限定記事の中では、

いつもの誕生日祝いの言葉のあとに、バースデー数秘として、

全体を俯瞰してみることができるあなた。
道を開拓し、リーダーとして
人々をひっぱっていくことができます 

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

という一節が。
 
まさかここで、「俯瞰」という言葉が出てくるとは…。

ま、それは偶然として、麻耶さんはこの記事の中で、バースデー数秘の最後に必ず入れている「バースデー数秘 コバマヤ」を、小さいフォントに変えており、その下に

占い師ではありません笑
ただ、伝えたいだけです。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

と書いていました。

 

しかし、なんだか矛盾してますね。
伝えたいだけ、と弁明してますが、なぜ伝えたいのか、伝えようと思ったのか、と問われれば、バースデーを数秘で占った結果だから、という答えになるのじゃないでしょうか。

つまり、占ってることと一緒なので、占い師と呼ばれてしまうことに反論しきれないものを感じます。何も根拠が無いのに、いきなり会ったことも見たこともない人の「人生後半」を語りだす人を世間では「占い師」や「預言者」と呼んでしまうのを誰も咎めることはできないのじゃないでしょうか。

 

何か根拠がなければ、とてもじゃないですが見ず知らずの不特定多数の人間に対して上から目線で「〜のあなた」なんて言えるものじゃない。

占いじゃないということであれば、ただの「お節介な人」ということに帰結(きけつ:たどり着く)するわけですが、それでいいということなら仕方ないですが、いろいろ妙ですね。

 

 

★ 四つめのブログタイトル「優しい夜になりますように☆」もアメーバ限定ですね。

 

好きですね、「優しい夜」。

蜃気楼のような言葉ですね。つかみどころがない。

 

それにしても、一日に更新したブログ4記事のうち3記事が「アメーバ限定」とは…

いやはや、なんというのか、感情的に過ぎるというのか、世間を敵に回した感じだし、短絡的な発想に思います。

 

麻耶さんは読者登録している読者に対しよく「励まされました」「癒やされました」と言った言葉を連呼しますが、読者登録している読者がイコール「盲目的に肯定する人たち」ではないし、読者登録していない読者がイコール「何でも否定する人たち」というわけでもないことをよく理解していないのかも。

 

この限定のなかで麻耶さんは、ブログ空白期間に誕生日を迎えた読者たちにむけて、

時間はかかってしまうかもしれませんが
3月中には、お祝いさせていただきたいと
考えています

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより」

とコメントしていますが、終わった誕生日を何が何でも祝うというのはちょっと行き過ぎな感じも否めないし、家族でもない人に謝罪までされて過ぎてしまった誕生日を「任務」のように祝われても内心複雑なことでしょう。

 

これが「強迫観念」に取り憑かれていると表現したくなる部分なのですね。

 

こう言い換えてはどうでしょう。

3月中には、お祝いさせていただきたいと考えています

じゃなく、

 

3月中には、バースデーを数秘占いさせていただきたいと考えています、と。

 

メインはHappy Birthdayの言葉じゃなく、数秘のほうだと思うので、それなら当日である必要性もあまりない普遍的なものだと思うので、まだ合点がいくというものです。

 

とはいえ、それすら「必要なのかどうか」わからないですが…。

 

長くなったので、続きは明日にまた。

 

(引用元、出典元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

小林麻耶・海老蔵 最新・関連記事はこちら