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麻耶じゃ役不足!?海老蔵の佐賀巡業で子供たちが見せた姿とは

 

 

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ころもです。

 

慣れというものは怖いもの。

 

姪っ子甥っ子の世話とはいえ、亡くなった妹の家庭に独身の姉が自身の生活を投げ打ってまで入り浸り、「同棲してる?」と疑われても仕方のないほどに堂々と、公然と、その生活を喜々として続けるばかりか、その様子を躊躇なく世界に発信し続けている妙。

 

妹の子供であり、妹の家庭であるのに、まるで自分が産んだ子供のごとく写真を撮りまくり、まるで自分の家庭であるかのごとく食事風景や日常のスキンシップの様子を激写しまくる。

 

何から何まで”異様”でしかないのに、いつしかそんな”異様”な光景を見ても「またか」と受け流してしまう自分がいる。

 

慣れは怖い、本当に怖い。

 

ともすると見失ってしまいがちになるそんな「不自然な海老蔵一家の日常」を思い出させてくれたのは、今日の海老蔵さんの限定ブログ「ぼちぼち」タイトルの中にあった、何のことはない”一文”でした。

 本当の母親との留守番なら、泣かないと思う

理由も目的も書いてないのでわからないですが、今日は海老蔵さんと子供たちの撮影があったようですね。

そしてどこにも名前は出てないですが、おそらく今日も姪っ子甥っ子に付き添っていたのは麻耶さんだと推察しています。

 

ある意味、麻央さんが産んだ子供たちと麻央さん以上に「時を過ごしている」と思われるのに、理屈じゃなく、過ごしている時間の多さとも関係なく、子供たちは本能的に理解していることがあるのだなと思う一文がありました。

 

その一文は、海老蔵さんが本日更新した「ぼちぼち」という限定ブログの中にあったのですが、何の事はない、読む人によっては、何の深読みする要素もない一文かもしれません。

ただ、そこに「一縷の望み」というのか、子供たちが感じている「本能的な違和感」が見事に現れているなと感じたのです。

 

本日18:40に更新された海老蔵さんの限定タイトル「ぼちぼち」。

これも「転載転用禁ず」という文言はありません。実際、読者登録をしている読者にしか読ませたくないというような内容でないことは、読めば誰でもわかります。

かいつまむと、これから九州へ行く海老蔵さんが子供たちに名残惜しさを感じている内容で、

 

二人に泣かれるでござる。
 
それでも
行くのでござる。
 
心がつらいでござる。

(引用元:市川海老蔵オフィシャルブログ 「ぼちぼち」より)

という言葉で終わっています。
 
この、
 
二人に泣かれるでござる。

 

の一文。

 

幼い子供なのだからそれはそうだろうという解釈も当然間違いじゃないのですが、さらに深読みするならば、この家の日頃の様子からみても、海老蔵さん不在であってもマンションで留守番している子供たちの姿が画像UPされている事実からしても、子供たち二人きりで留守番をしているわけではないということは容易にわかるわけです。

 

つまり、それが麻耶さんのお母さんなのか、麻耶さん本人なのか、あるいは両者なのか正確なところまではわからないものの、かなりの確率で麻耶さん親子は関わっているという推量ができるわけですね。

 

でも、子供たちは海老蔵さんがマンションを離れると泣いてしまう。仕事のためとはいえ遠くへいくとわかると泣いてしまうというのです。

 

二人きりの留守番じゃないのに。

まるでこの世に「二人きりで残されてしまうがごとく」寂しく感じるのでしょう。

 

ふと考えました。

これが実の母である麻央さんと子供たち3人の留守番だったならどうだったろうかと。

 

そして勝手に想像したのです。

愛情深い麻央さんとの留守番だったなら、寂しい気持ちはあっても泣くことはなかったのじゃないかと。

 

なんのことはない「泣かれるでござる」ですが、子供たちの持つ本能が、時間の長さ、体験の多さといったものじゃなく、「本当に注がれている愛情の何たるやを肌でわかっているのじゃないか」と、そう思ったわけです。

 

ハワイだ、ディズニーだ、ハロウィンだ、スイーツだ、温泉だと連れ回されても、本当の孤独からは何も解放されていない。

 

自分たちを「癒やしの対象」にばかりしている伯母さんの軽薄なハッピーライフの「添え物」としてのみ存在している自分たちというものを、言葉にできずとも、自覚はないまでも、子供たちは本能でわかっている、そう感じた一文でした。

 

食物のことを今回は控えている!?

 

麻耶さんは本日2記事更新。

最初は「◆3月7日」で21:03更新。
そして最後は「おやすみなさい★」23:04更新。

 

「◆3月7日」タイトルでは、

録画しているドラマ「anone」を見て楽しんでいる事をコメント。そして、

主演の広瀬すずさんは
今年度の20歳の献血キャンペーン
キャラクターでもあります
  
今週末は、
松江のイオンモールで
献血のイベント楽しみです
 
ご飯も 

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

と、献血キャンペーンへと話を続けました。

今回は「ご飯も」だけにとどめてますね。世間の声をやはり多少は気にしているのでしょうか。

 

 さらに忘れてならないのは誕生日数秘。

3月7日生まれの人にHappy Birthdayの言葉を伝えると、

直感力が鋭いあなたは、
自分の中に答えを持っている人です
 
専門分野で活躍するのが得意。
 
ひとり時間、ひとり世界が好きなので
人とワイワイ積極的に交わることが
苦手でも◎
 
人生後半は、何かのリーダーになることに
挑戦してみてください

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

とコメント。
 
所詮、占いというものはこの程度なのでしょうが、麻耶さんの占いの致命的なおかしさは、ほぼ必ずといっていいほど、
 
「人生後半は、」という言葉でアドバイスをすること。
ここで麻耶さんが口にする「人生後半」というのは具体的に「いつから」のことですか。
 
アラフォー以上の人ばかりが誕生日というわけじゃないですよね、3月7日が。
 
高校生だって、小学生だってもちろんいる。
自身のブログ読者に「なり得る年齢」の人たちだけを対象にしているならいざ知らず、それでもおかしいことに変わりはないですが、そういう絞りもないのに、不特定多数の人に一様に「人生後半は、」というアドバイスのような占いめいたような言葉をいうことに何の意味があるのでしょう。
 
引き出せることは、困惑ぐらいですよね。
戸惑わせるぐらいなら、何もコメントしないほうがまだ親切だし誠実です。
 
何かをやろうという野望より、何かをやめてみるという選択をしてみてはいかがなものか。
 
断捨離というのはなにも目に見える「モノ」にのみ該当するわけじゃない。自分が拘泥(こうでい:こだわること)している「考え」や「習慣」だって、断捨離の対象にしていいわけですから、まさに、真夜中近くの遅すぎるハッピーバースデーなら、それも義務感からやめられずにいるおざなりな誕生日数秘なら、「ちょっと荷が重すぎました」と謝罪してやめたほうが互いのためかもしれません。
 
楽しみを貪欲に追求するのも、happyなことだけに固執するのも自由ですが、それに付き合わされる子供たちの心が「置いてけぼり」になっている可能性をそろそろ周囲の大人が気付いてあげないと、子供たちの「心の空洞」はいつまでたっても埋まることはないでしょう。
 
寂しさを共に分かち合う、という愛情を体験できることのほうが、上辺だけのイベントに満ちた日常より、よほど子供たちの孤独を救ってくれるように思います。
 
ではまた。