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麻耶 もはや自分へのエール!?誕生日メッセージの不可思議さ

 

 

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ころもです。

 

視野を広く持つということは、ある意味非常に勇気がいること。

見たくない、聞きたくない、知りたくもない現実と向き合うというのは誰にとっても辛いことでもあります。

 

でも、そういう好き嫌いを越えたところで受け入れざるを得ないのが現実だし、それ抜きには人生そのものが「どんな世界」なのかを知ることもできない。

 

楽しいだけ、褒められるだけ、いいことだけ、都合のいいことだけで塗り固められた読者コメントが「この世のすべて」「自分への評価のすべて」そう思うことは、真剣に危険だし、あまりにも世界が閉ざされていると感じざるを得ません。

 

もちろん、今日の麻耶さんのブログから想ったことです。

 それ、いったい誰に向けた言葉ですか

米原市への「いのちの授業」の報告があまりに稚拙かつ中身がないため、またも読者登録数はじわりじわりと減ってきていますね。

しかしまた、何らかの方法でこれは徐々に回復することでしょう。
Ameba限定という秘策がありますから。

 

さてそれはいいとして、

 

今日は1記事をブログ更新した麻耶さん。

なかなかの独創的な世界になってきました。

 

更新時間は11:40。

タイトルは「2月21日」です。

 

そうです、日付がタイトルのときは、メインは誕生日メッセージということになります。

 

「いいね」と「コメント」へありがとうございますと冒頭で述べたあと、麻耶さんは、

コメント読むのが
とても楽しくて、
そして励まされています。
ありがとうございます♡

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

とコメントしています。

 

コメント読むのがとても楽しくて………

 

そうでしょうね、耳に痛い言葉のほとんどは削除されてしまうのですから、耳障りの良い、盲目的な支持者の言葉だけが後には残る。

 

心地いい言葉のみに抱かれていたら、それは気持ちいいです。

 

ただ、もちろんそれらコメントはこの世界の「多種多様な読者の声の全て」を反映してはいません。

 

さすがの麻耶さんでもわからないわけはないはずですが、いっぽうで、それが「自分を評価する世間の言葉の全て」と全力で思い込もうとしているフシはあるのかもしれないなと、そうも思い始めています。

 

麻耶さんの記事に対するヤフコメなどを一度でも読んだ方なら、公平な目で見て非常にかんばしくないコメントの多いタレントさんだなという感想を抱くでしょう。

 

興味関心からのコメントだけではなく、ニュートラルな立場から記事の内容に対して当然の疑問、疑念、困惑を口にする方もコメントできるところなので、偏狭で偏執なブログコメントとは違う、決して盲目的ではないコメントも非常に多い。

 

ブログコメントに勇気をもらうのは麻耶さんの自由ですし、それによって励まされるというのもひとつの才能かもしれません。

 

もしかしたら、ブログコメントだけが自分の味方だという「諦念」から、そこしか読まない、読むもんか、これが本当の声、これだけが本当の評価と自分に言い聞かせている可能性もあるので、ひとことだけ言い添えます。

 

ブログコメントに「世間の本当の声」は反映されてません。

 

さて、前置きが長くなりすぎましたが、今日の誕生日の方へのコメントは、

2月21日生まれの方
Happy Birthday!!!!
素敵な一年になりますように♡

と定例の言葉がまずあるわけですが、その後のコメントがこれまでにないほど強烈な不思議ちゃんメッセージになっています。

 

周りへの配慮を忘れない優しさと
ユーモアを持っているあなた。

大人になることは諦めて
子供のように無邪気で自由でいてください

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

だいぶ危険な言葉を羅列しています。

どういう意味で危険かというと、あまりにも決めつけがひど過ぎるということだけではなく、何で調べて、あるいは何で占ってのその言葉なのかが全くもってわからないことです。

もちろん、察しはつきます。
数秘ということになるのでしょう。

 

でも、それにしてもこの言葉は一体どこの誰へ対しての「限定的な」メッセージなのでしょう。

 

世の中の「2月21日」誕生日の方々は、すべからく周りへの配慮を忘れない優しさとユーモアを持っているのですか。

 

持っている人も勿論います。だからといって、それをもってして「外れてはいないでしょ」というのは詭弁(正しいと思わせるように仕向けた議論のこと)過ぎます。

 

まあ、これは言われて悪い気がして眠れないという類いのものではないので百歩譲って目をつむったとしても、

 

大人になることは諦めて
子供のように無邪気で自由でいてください

 

よくそんなことを思慮浅く、口にしましたね。
驚きました。

 

そして、日々疑念に思っていたことがまたも補強というのか、やはりそういうことなのかもしれないなと裏付けされたような気持ちです。

 

これら日々のバースデーの方々へのメッセージは、麻耶さん、

 

自分へのメッセージですよね!? 

 

そうであれば、すべて合点がいきます。

Happy Birthdayを毎日連呼し、そのあとに続く「一体誰あてのメッセージですか」と怪訝に思っていた上から目線のアドバイスのようなメッセージは、「特定の誰か」を思い浮かべているように思えたのですが、それ以上に「麻耶さんが他人からそう言って欲しいと願っているような言葉ばかり」が並んでいるなと思っていたので。

 

大人になることは諦めて
子供のように無邪気で自由でいてください

 

なぜ、「2月21日」生まれの方たちは、大人になることは諦めなくちゃいけないのでしょうか。なにか詳細なデータ、あるいは膨大なお便りから導き出された結果なのでしょうか。

 

まさか……単なる思いつき?
やっつけ仕事?

 

子供のように無邪気で自由でいてくださいと言うことは、受け取る人間の解釈の度合い、成熟度によっては、とんでもない無責任な状況を生み出す可能性もあるし、それを堂々と正当化することに加担することにもなり得ることを承知しているのでしょうか。

 

おそらく、そんなことまで熟慮して発言はしていないでしょう。
思慮深くないからこそ、ハッピーハッピーと叫び続けていられるのです。

 

最後は、

今日一日
happyを感じる時間が
1秒でもありますように

といういつものコメントで終わり。

 

歯の浮くような言葉しか掲載されない自分のブログの「読者コメント」を見て楽しいと思っているようでは、とてもじゃないですが、「いのちの授業」どころの騒ぎじゃないですね。

 

井の中の蛙すぎる。

 

ある意味、非常に可哀想だなという思いもこみ上げてきます。
なぜなら、麻耶さんが「読むのがとても楽しくて」という読者コメント欄は麻耶さんをそういう気持ちにさせるコメントしか残されていないのだから。

 

自分がどう思われようと、麻耶さんの今後の長い人生のためを思って耳に痛いかもしれない言葉を真剣に伝えようとする声は決して届くことがないのだから。

 

成長のチャンスを奪われ、それに気づかずに喜びしか感じていないとしたら、やはり気の毒としか言いようがない。

 

ただ、現実のどの部分を受け入れるかを決めることは麻耶さんにしか出来ないことなので、受け入れる気持ちのない人に何をいっても無駄であることもまた事実です。

 

楽しい旅行や美味しいお茶を共にする友人より、友情が壊れても麻耶さんに真実の声やアドバイスができる「人」がいると良いのですが……。

 

なんだか、麻耶さんの笑顔がどんどん悲壮感漂う「笑顔」に見えてきました。

 

ではまた。

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