毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

麻耶「いのちの授業」でおねだり行脚!?花束に手土産披露の懸念

 

 

ころもです。

 

空いた口が塞がらない。

これが今の心境です。

 

だから言わないことではないのですよ。

麻耶さんにとって「いのちの授業」なんて、その程度のものだということが露呈してしまっているじゃないですか。

献血(輸血用の血液を無償で提供すること)というのは、読んで字のごとく、「血を献上」するものです。

人様の大事な一部を頂くということの重みを、この人はまるでわかっていない。

 

自らが携わることになったこの仕事の「意図」も「価値」もおざなりなまま、真摯に考えるという時間など生活にないまま、単なる事務所から頼まれた仕事よといった程度で引き受けるから、ご当地の土産や飲み食いだらけのブログ内容になってしまうのです。

 

しかし……

 

ここまでひどいとは、絶望的ですね。

 貰ったら喜ぶ、喜べば貰えるを学習した「人生」

通常は、戴き物をしたら有り難いし、その喜びを言葉にすることは何ら責められるべきものじゃないし、まっとうな反応という解釈でいいわけです。

通常は。
あくまでも、通常は。

 

けれども今回の麻耶さんの出張というのは、自らがブログUPして説明しているように、「いのちの授業」です。

 

遊びじゃないんですよ。
ましてやご当地の「グルメ情報を集める旅」でもない。

そんなこといちいち言わせないで欲しいわけです。
わかりきったことじゃないですか、そんなこと。

 

でも、麻耶さんにはそういう話を言って聞かせてもおそらく響かない。
それがわかるから絶望的な気持ちになるのです。

まっとうなことを言っている方が疲弊しきってしまう。自分の行いが「善」だと信じている人は、人の話に耳を貸さないし、もとより人の話に耳を貸す人はそうはならない。

今だけ良ければいいということの弊害は、「想像力の欠如」にまっしぐらに突き進む危険なのですよ。

 

昨日は、ブログタイトル「わー!」のあとに、さらに4記事更新(合計8記事)。いつも話題のない麻耶さんにしてみたら、「いのちの授業」サマサマです。

ブログ収入もホクホク、若い人に献血を勧めることで何かふんわり自分もイメージUPしたような気分、そして、お土産……、まさに願っても得られない仕事、麻央さんのお陰ですね、なにもかも。

 

手土産合戦は必至!? 迎える現地は戸惑いも?

 

昨日は「わー!」タイトルのあと、
「いのちの授業」「東京戻ります!」「帰りの道中!」「サプライズ!」の4タイトルの記事を更新していますが、全部読み終えて溜息をつきました。

まず、

15:41に更新された昨日、5記事目の「いのちの授業」タイトルでは、

いろんな地域に伺えること
ありがたく思います。

と発言。そして、

控室にスタバのコーヒー♡
ありがとうございます!

カップも🌸で可愛い。

と添え、大好きな自撮り画像をUP。左手にはスタバの紙コップを持ち、それを前に突き出し、ワンパターンの笑顔がそこに。

 

17:07に更新された6記事目の「東京戻ります!」タイトルでは、

花束を抱え、笑顔の自撮り画像を冒頭からUP!新幹線の中のようです。

学校から豪華な豪華な花束と
生徒会長さんから素敵なお言葉を
頂戴しました。 
胸がいっぱいです。 
今日は声をかけていただき、
ありがとうございました。感謝。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより) 

 

自分が献血に貢献したわけでもなく、変な話、身内を一人亡くしたという事実だけでこれだけ哀れみと励ましを貰い続ける遺族がいるでしょうか。

しかも、すでに二度もハワイでバカンスを満喫し、ディズニーに誕生日にと喪中であることも忘れているような遺族なのに、ちょっと遠征すれば同情と励ましの言葉がもらえるというのは、この遺族に限っては「過剰な甘やかしの感情」のように思います。

この世を生きる人で、遺族じゃない人を探すほうが今や難しいほど。
人数も内容も、麻耶さんの何倍も何十倍も苦しんでいる人が数え切れないほどいます。

 

勝手に同情されるのだからしょうがない、と言われれば、それもまた理解出来る部分はあります。ただ、起こる現象、頂く対応は変えることはできなくても、そこに自分という人間が関わることで表現に工夫や配慮をほどこす事はできる。

 

この方には、それがない。
もらったら、貰いました!

嬉しかったら、嬉しかった、ハッピー!

 

見えるものしか見ない。
聞こえるものしか聞かない。

 

そういう人生の行間を想像する能力があまりに乏しすぎるのが問題なのです。

献血は16歳からすることが出来ます。
今、若い世代の皆様の協力が必要です。
 
すこしでも、ほんのすこしでも、
献血してみようかな...
と心が動いてくれたら幸いです。
 
またお会い出来る日を楽しみにしています。

取ってつけたような美辞麗句が自撮り画像の下にありました。
すこしでも、ぐらいは「少しでも」と書きましょう。読みにくいです。

この程度の言葉をブログでUPしておけば、いのちに真摯に向かい合っている人だと思われるかもしれないという考えもあるのでしょうか。

数行の借りてきたような上っ面の言葉を並べれば、抱えきれないほどの花束とご当地のスイーツをタダで貰えるのだから、何のことはない作業ですね。

 

17:55に更新された7記事目の「帰りの道中」タイトルでは、 

富士山がお見送りしてくれました。

とコメントし、車窓から見える富士山の画像を3枚連続UP。

皆様に
美しい富士山のお写真をお福分け♡
 
雨の予報が晴れに☀️
天候にも恵まれ、有難いです

とコメントし、終了。

 

18:55に更新された8記事目の「サプライズ!」タイトルでは、

 

な、な、な、なんと!

というフリから始まり紙袋の画像が1枚UPされたかと思うと、

 

クラブ ハリエの バームクーヘン
『買う時間ないと思いますので
買っておきました!』
 
と、お土産にいただきました
優しい。。。。
泣きそうです。。。
お心遣いに心から感謝です。
本当に、ありがとうございます。
嬉しいー!
 
あまりにも嬉しかったので、
新幹線で、早速、開けてみることに

とコメントし、まず箱だけの画像をUP、そして、

 
綺麗な箱〜!!!
 
と感嘆すると、箱のフタをはずした画像をまず1枚UP。
 
素敵〜!
そして、、

 有名なハリエのバームクーヘンのUP画像が登場。

そして……


わぁ!!
この時期しか食べられない
期間限定のホワイトバーム。
 
美味しそう!
食べたい!
 
いま、すぐ食べたい!
 
さすがに
新幹線では食べられなさそうなので
 
家で堪能します
ほんとにありがとうございました!!
 
 鮒寿司は、またの機会に(≧▽≦)
 
 今日のスーツは、JOCONDE さんです。
色もとても可愛くて、形も綺麗でした!
と大感激、大興奮と言った感じのコメントが。これにてブログは終了ですが、いかがでしたででしょう。
 
正直いって、これが最初で最後の「いのちの授業」なら、百歩譲ってこれでもまあ麻耶さんだからしょうがないかと諦めて終わりでしょう。
 
でも、不幸なことに、この「いのちの授業」はもう少し続くことになるでしょう。
少なくとも、先日本人がブログの中で数カ所地名を挙げていたところは、その講演場所である可能性があります。明確には言ってなかったですが。
 
ということは何を意味するか。
 
 
次のところは、麻耶さんをどう接待するのがベターなのか について頭を悩ませるはずなんです。
 
 
欲しいものを先回りして用意してくれたり、手土産として持たせてくれたり、お門違いの花束まで準備してもらって、あれもこれもタダで貰えてラッキー、ハッピー!と無邪気にブログにUPしていますが、そもそも、そんなものを貰えるほどの何を自分はしただろうかと振り返って欲しいものです。
 
さらに言えば、想像しましょうよ、ちょっと先の未来を。人の気持ってものを。
 
 
次の現場の人たちは、きっと思うでしょう。
 
自分たちは何を用意すべきか。どうしたら喜んで貰えるか。
ブログに書かれてしまうのだから、何も用意しないわけにもいかないな、何か手土産も準備しないと何を言われるかわからないな。
 
口に出さずとも、胸の内ではどれほど困惑しているかわかりません。
貰ったものを嬉々として、判断もなくブログUPして世界発信する。
 
それをもし次の学校が用意できなかったとしたら?
そういう準備について何も考えてなかったとしたら?
 
花束なんて思いもよらないと考えていることのほうが大いにあり得るのでは?
 
想像すれば、自分の無邪気な発信が、どれほどの見えない人々に気を使わせ、プレッシャーをかけ、仕事を増やすことになるかもわかるはず。
 
嬉しいのはわかりました。
もらうことが命がけで好きなのもわかりました。
 
でも、胸にしまっておきましょう。
 
遠慮するのは悪い、喜びを伝えないなんてありえないなんて心配する必要はありません。
この世には、ブログ以外にもあふれるほどの感謝を伝える方法はあります。
 
人知れず、の感謝は嫌いですか。
いい人に思ってもらえない隠れた善行は、苦手ですか。
 
「いのちの授業」に行くことが、ご当地のグルメ合戦になるかならないかは、麻耶さんのこれからの言動ひとつにかかっています。
 
貰ったことに最大限の気持ちを表したのまでは、もうしてしまったことなのでしょうがない。
それはもう、発信してしまいましたからね。
 
思慮が浅薄すぎましたが、すでに時遅しなので仕方ないです。
 
でも、やれることがありますよ。
 
 
喜びを表したブログで、今度は、「気持ちだけで結構です」ということを伝えるのです。
 
 
それでも用意するところは、スイーツ好きの麻耶さんのためにあれやこれや職員が地元を駆け回るハメになるかもしれません。
 
でも、その一言があるとないとじゃやはり違う。
 
遠慮した言葉を、素直に受け取りましょうという解釈も許されるわけです。
 
どうですか、麻耶さん。
できますか。
 
人には命そのものといっていい血を差し出すように声高に叫び、
自分は行く先々で美味しいものを頂いていく。
 
こんなおかしな、本末転倒の滑稽な話をブログで自慢げに話すことがいかに恥ずかしいことか。
 
わかるでしょうか。
無理かな。
 
 
ではまた。