毒舌ころも

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海老蔵「麻央の手紙を見つけました」も、あと何通あるの!?

 

 

 

ころもです。

 

昨日、2月16日に更新された海老蔵さんの「”Passion”」タイトル。

麻央さんのリブログですが、「何だかな」という感じ。

 

今日の朝
本の整理していたら
麻央からの手紙を見つけました。

読みました

 

今までは
なんとなく
あるのは知っていたけど
知らない事にしてた
そして

読めなかった
読めない自分がいました、

今日は
読もう。

と思い切り!

読みました、
やっぱり
ダメでした。

はい、

 

ずっと一緒にいてね
というような内容でした、

 

もっと
トキメカせてあげたかった、

(引用元:市川海老蔵オフィシャルブログより)

ブログアクセスのためなら、何でも公表するのですね。

「あるのは知っていた」のに読まなかったのは…

 

本の整理をしていて、ふいに麻央さんの手紙が出てくるような環境なら、それが誰によってでも発見される可能性があるということを意味しますよね。

 

ことに、海老蔵さんの住んでいる現在のマンションは麻央さんと海老蔵さん、子供たち以外の人間が数多く出入りしているだけじゃなく、家族同然の住み方、使い方をしているとしたらなおのこと、海老蔵さん以外の人間が片付けやら掃除やらで麻央さんの「まだあるかもしれない、未発見の手紙」を発見する可能性はあるはず。

 

少なくとも、世間的には麻央さんの看護のために居候状態になっていた小林さん親子のどちらか、あるいは両方が同居しているような現在の状態であれば、麻央さんが海老蔵さんや子供たちに残した手紙の「本当の数」や「本当の在り処」、下手をすると「内容」そのものまで、正確に把握することはもはや不可能なのじゃないでしょうか。

 

ましてや、

 

海老蔵さんは不在が多く、それ以外の「誰か」のほうが自由に暮らしているとしたら、海老蔵さんが「本の整理していたら麻央からの手紙を見つけました」という、いくらでも誰にでも見つけうる状況が転がっているということ。

 

そのすべてが海老蔵さんや子供たちに渡っているのか、余計なお世話ですが、率直に疑問です。

 

当事者にしかわからないことだらけなので、すべては自分に置き換えるしかないのですが、

「今まではなんとなくあるのは知っていたけど知らない事にしてた」

と言う部分にも、何かひっかかるものがあります。

 

最愛だった女性、最愛だった妻が急死ではないにせよ「無念の死」を遂げたことを思えば、一体そこに何が書かれているのだろうかと非常に気になるもの。

 

もちろん、生前に書かれた手紙を読むのが辛いという気持ちもわかるけれど、これまでの麻耶さんとの紛らわしい同居生活や数々の外出、旅行などがあるので、どうしてもそういう単純なケースに当てはめて考えることができないのですよ。

 

あるのは知っていたけど 知らない事にしてた

 

 

「辛いからだろうな」というより、「怖いのだろうな」と推測してしまうのです。

実際、そこに何が書いてあるのか自分なりに海老蔵さんも想像していたのじゃないでしょうか。

だから怖くて読むことができなかった。読むのをためらっていた。

 

そんな感じがしてなりません。

 

 

「ずっと一緒にいてね」の意味することは…

 

ずっと一緒にいてね
というような内容でした、

 

という言い方から推察すると、

ダイレクトに「ずっと一緒にいてね」という言葉は書かれていなかったことが、まずハッキリします。

 

ずっと一緒にいてね、という言葉がそのまま書かれていたなら、

「ずっと一緒にいてねと書いてありました」という言い方になりますから。

 

改めて説明する必要もないかもしれないですが、

ずっと一緒にいてね
というような内容でした、

という言葉は、手紙を読んだ海老蔵さんが「要約」した解釈であるわけです。

 

ずっと一緒にいてね、ということを最終的に感想として思わせた麻央さんが海老蔵さんに宛てた内容というものは一体どのような内容だったのでしょう。

 

知るよしもないですが、

 

麻央さんのブログを最初から最後まで読んできた読者ならば、麻央さんがどんな気持ちを吐露していたのかは、何となくは想像がつくかもしれませんね。

 

他人の自分ですら、仕事をセイブして麻央さんのそばにずっといればいいのにと腹が立って仕方なかったですから、そういうことも含め、貴重な二人だけの時間をあまり多く持てなかったことや、夫婦水入らずで過ごしたかった時間や場所を「誰か」に邪魔されたことに対する切なさ、寂しさ、ジェラシーなども含めて吐露した可能性もあるかもしれない。

 

ずっと一緒にいてねというような内容でした、とブログに書いた海老蔵さん。

 

胸が痛まないですか。

 

ずっと一緒にいてね、というのは言うまでもなく「私と」ということですよ。
麻央さんが、「私とずっと一緒にいてね」というような内容のことを書いているのだとわかったなら、その先に生まれる感情がありますよね。

 

見直さなくてはいけない「現実」があることに気づきますよね。

 

麻央さんの墓前で、「もちろん、ずっと麻央と一緒にいるよ」と是非言って下さい。

 

ではまた。

 

 

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