毒舌ころも

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麻耶 バレンタインに海老蔵宅に行く理由に妹を利用!?

 

 

 

ころもです。

 

可哀想な人だと思われたくない。

 

麻央さんの強い願いも、今はまぼろし。

 

この世に姿かたちが無くなるということは、これほどまでに無力なのでしょうか。

大事なもの、こと、場所、それらすべてを蹂躙されても指一本、言葉ひとつぶつけることができない。

その無念さ、悔しさはとても計り知れません。

 

麻耶さん、麻央さんを口実に海老蔵さん宅へ本日向かいましたね。

予想していたことですが、本当に「悪魔とのおしゃべり」を愛読書にしているだけあります。

 呆れてモノが言えない、本当に絶望的

「いのちの授業」で人の命の尊さを語る人が、東日本大震災の被災地にまで足を運んでいながら必要最小限の滞在時間で東京に戻ってきている。

 

そんな印象しかないですが、実際、震災当時の貴重な体験などをどれほど見聞してきたのでしょう。

おそらく、仕事として講演している意識で、本来の「人の命の尊さ」になどまともに向き合ってなどいないのじゃないでしょうか。

 

人生半ばにきても自分の食べる食事すら作っている様子のない麻耶さんに、「生きることのなんたるや」を語る資格はないです。

まず隗より始めよ(何ごともまず言い出した人から実行しなさいということ)、と言われるのがオチでしょう。

 

身内が亡くなったのは小林一家だけじゃない

本日更新した「2月14日」タイトルブログでは、

いのちの授業をうけてくれた高校生や
親御さんからのコメントに
励まされました。嬉しかったです。
ありがとうございます

というコメントがありました。

単純に比較することはできないですが、麻耶さんの想像も及ばない、想像を絶する体験をした皆様のはず。そんな人たちからまさか、妹さんの看護大変でしたねなどと同情されたり癒やされたり励まされて、いい気持ちになってはいないですよね。

 

目の前で身内が津波に流されていく姿を見たり、持ち家が土地ごと流され、命からがら高台に逃げて、未だ親族が行方不明のままだったりする人も大勢いる地域の人たちに、翌日のバレンタインのことがよぎっている麻耶さんが一体何を上から目線で語って聞かせたのですか。

 

この世で身内を亡くしたのは自分だけとでもいわんばかりですね。最愛の妹が亡くなってすぐにハワイでバカンスを楽しみ、その熱も冷めやらぬうちに温泉だディズニーだとはしゃいでいた姿を、被災地の誰も読んでいないと思っているのですか。

 

本当になにもかもが浅はか。

 

いのちの授業の感謝を口にしたその直後に、

今日はハッピーバレンタイン♡
好きを伝える予定の方
応援しています♡

がんばれーーーーーーー!!!

とコメントしているのが全て。

 

行事、そして行事。何が何でも行事。
一生懸命生きるの意味を何だか履き違えている代表のような方にしかみえません。

極めつけは、本日2度めの更新ブログでタイトルは「チョコレート」。

 

これ、Ameba限定にしましたね。

内容は、チョコレートが入っている白い紙袋の画像が一枚。

そして

 

まおちゃんが大好きだった
チョコレート♡を届けに

 

マシュマロとくるみが入ってます!

 

バレンタイン限定で♡の形

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログ「チョコレート」より)

 

というコメントが添えてありました。

これでブログ内容は終わり。

 

Amebaから麻央さんが賞をもらってもただの一言も触れていなかったのに、自分が海老蔵さんに逢うための口実のためなら、いくらでも妹の名前を使う姉。

 

最低ですね。

 

本当に、麻央さんは無念でしょう。

でも、知らなかったのは一部の読者だけ。

 

賢く、洞察鋭い読者たちは、随所にその「綻び」を感じ取っていたはず。そして、麻央さんも子供たちへ残すためという意味合いもさることながら、こうなるであろう姉を読者にずっと見ていて欲しい、観察して、時に批判して欲しいぐらいの気持ちになっていたのじゃないでしょうか。

 

だから、あれほど大変な状況のなかでもブログを更新し続けた。

強く生きた母としての記録である意味以上に、自分の無念を読者に託したのじゃないかとさえ思えてきました。

 

麻央さんが大好きだったチョコレートを、なぜ今日届ける必要があるのでしょう。

海老蔵さんが今日麻央さんに渡すのは、イレギュラーな試みですよ。

 

それを義理の姉がなぜ試みる必要があるのでしょう。

あれほど出入りしているのに、なぜバレンタインであるとても好都合な日に麻央さんに届ける必要があるのか。

 

あまりに魂胆が見え透いていて吐き気がします。

 

麻央さん、本当に可哀想な人にされてしまいました。

一番嫌っていただろう、もっとも思われたくなかっただろうそのイメージを植え付けたのはでも、他ならぬ姉、麻耶さんですから仕方ないです。

 

読者はただただ思うでしょう。

 

自分じゃなくて良かったと。

 

ではまた。

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