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麻耶 海老蔵に足並み揃え「読者限定」で姪っ子の退院を報告!

 

 

ころもです。

 

まるで夫婦ですね。

海老蔵さんがAmeba限定で麗禾ちゃんの退院報告をしたのを確認してからなのか、遅れること3時間。

麻耶さんも、Ameba限定で麗禾ちゃんの退院報告をしています。

 

示し合わせたような「Ameba限定」での退院報告。

 

退院の報告をする前に、入院する事実を「仄めかす」「推測させる」という手段じゃなく、しっかり読者に報告するのが先のような気がします。

 関わっていることが「やましくて」仕方ないの!?

どうして「Ameba限定」にするのでしょう。

姪っ子の入院に付き添っていたことが明らかになると、また叩かれると思ったからでしょうか。

では、なぜ叩かれると思ったのですか。

 

叩かれることに「正当性」があると感じるからじゃないでしょうか。

つまり、自分のしていることが他人の目からは不自然、不可解、に映る。そう危惧しているからじゃないでしょうか。

 

だとしたら、それはなぜ?

伯母さんなのだから、そして子供たちの母親が他界して人手が足りないのだから、私がやるのは理にかなっていますと、どうして開き直れないのか。

 

それは、自分の深層心理を誰より自分が一番わかっているからじゃないでしょうか。
必要以上の至近距離で関わっている事実、関わりたいという心の本当の「意味」というものを、自分自身が一番わかっているからじゃないでしょうか。

 

その心を見透かされるのが怖いからじゃないですか。

百戦錬磨の読者たちに、そんな心を読まれたくない。

でなければ、何も隠す必要もないインフルエンザのために入院していた姪っ子の退院の話をAmeba限定にする意味がわからない。

 

それとも、海老蔵さんに「限定にしよう」と言われたのでしょうか。

 

どちらにしても、いい考えじゃないですね。

姑息です。

 

もっと自分の立場や考え方を限定じゃなく、広く読者に知ってもらい、その上で自分が今何をどうサポートしているのか。

サポートしてきたことで、自分と母親がまたも旅行にお誘い頂けましたと、そう正直に書いたほうが同じ批難を浴びるにしても、潔いし、一定の理解あるファンがつくと思います。

 

妹の家庭は、姉の「家庭」ではないことは明々白々。

 

であれば、なぜ不自然なまでに義理の弟家族の家庭に密着し続けるのか、その説得力ある理由を正々堂々と公表すればいいだけのこと。

 

命を差し出したいほどに愛していた妹が他界しました。役不足ではありますが、子供たちが小学校に上がるまでは、伯母として出来る限りのサポートをして行きたいと思います。週刊誌にあるような「再婚」や「後妻」という考えは微塵もございません。同居の噂もありますが、近くに住んでいるので通いで何とかサポート出来ています。

 

そう毅然とした態度を示して、堂々と運動会の席取りから入院の付き添い、ご褒美のハワイや温泉の同伴なども明らかにすればいいのですよ。

 

批難はそれはあるでしょう。

人気稼業の海老蔵さんと未来ある子供たちに関わるとなれば、賛成の声ばかりじゃないのは当然。

 

でも、批判の「質」は明らかに変わってくると思います。

 

すでに、母親気取り!?

 

海老蔵さんの退院報告ブログから遅れること3時間あまり、麻耶さんもAmeba限定で麗禾ちゃんの退院報告ブログを更新しています。

そのタイトル「ほっと一息」。

 

最近の特徴ですが、「転載転用禁ず」の文言はありません。

 

アクセスとコメントへの御礼を述べたあと、

姪っ子ちゃん、
実は入院していました。

そして、本日無事に退院しました!!

ホッとしましたーーーー
よかったーーーーー

 (引用元:『小林麻耶オフィシャルブログ』ほっと一息 より)

 

 

ホッとしたのは、その入院の責任を感じてのことでしょうか。ずいぶん貧弱な食卓で栄養も取れている風ではなかったので、そのことを指しているのかとすぐさま思いました。

 

ひとまず、、
退院するまでになって
少し安心です。

ありがとうございます!

 (引用元:『小林麻耶オフィシャルブログ』ほっと一息 より)

とコメントし、「また、のちほどです♡」ということですが、おそらく喉元過ぎれば状態になることでしょう。

 

なにせ、退院してきた最初に画像UPされた麗禾ちゃんの昼食は、例のごとく、味噌汁もサラダもない、せめて薬味ぐらいは入っていればいいものを、ネギやオクラも入っていない、本当に、ただ白飯にかき混ぜてのせただけの納豆ご飯のみ。

そばにはマグカップに入った茶色い液体が見えるので、これはペットボトルのお茶でしょうか。はと麦茶かウーロン茶かほうじ茶か。

 

いずれにしても、何も学習していない。海老蔵さんは、言い訳のように、

お家のご飯。

食べたいのは
納豆ごはん。

(引用元:市川海老蔵オフィシャルブログ「久しぶりに」より)

 とコメントしてますが、これって普段いろいろなご馳走を食べている人が敢えてチョイスした場合なら笑顔で見れるのですが、家庭の味のかけらも味わえてなさそうな昨今の子供たちの画像があっただけに、これしか思いつかなかったのじゃないかとすら思ってしまいました。

 

納豆は栄養があるし美味しいのでころもも大好きですが、沢山の料理を食べて知っている自分が選ぶ場合と、選択肢がなく「それしか思い浮かばなかった」、あるいは「それを出されたので食べるしかなかった」ということだとしたら天と地の差。

 

これは本気で真剣に「食育」のエキスパートを考えたほうがいいかもしれません。

納豆が好きなのはわかりました。

 

だとしても…

 

納豆が食べたいと切望する病み上がりの姪っ子に、何か野菜をつける、せめて、最低限、納豆に薬味を刻んで入れてあげるだけの気遣い、思い遣りがなぜ無いのか。

 

本当に唖然、茫然、愕然です。

 

 

しょせん、他人の家のことですが、病み上がりで納豆を食べる「かぐや姫」を見たくなかったという読者もいるのじゃないでしょうか。

 

夢を売る仕事をしている自覚もどんどん希薄になってきてますね。

困ったものです。

 

ではまた。

 

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