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サンデーモーニング岸井さん帽子出演も病気欠席で降板か!?

 

 

ころもです。

 

今朝の『サンデーモーニング』にも、岸井さんの姿はありませんでした。

いつも座っていた場所には、今まで関口宏さんの画面から見て左側に座っていた涌井さんが座っています。

 

岸井さん、大丈夫でしょうか。

 

なにせ岸井さんはガンを患っています。大腸がん。

昨年(2017年)の10月8日には、9月17日から番組を休んでいた理由として「がん治療のため入院していた」ことを明かし、グレーの帽子をかぶって出演しています。

 

帽子をかぶって番組復帰した岸井さんのことを司会の関口宏さんが紹介すると、

「ガンの治療でずっと入院してたもんですから。放射線と抗がん剤でいろいろ、副作用あって、ずっと出られなかったです」

とコメント。

(引用元:スポーツ報知 2017年10月8日)

この番組で大腸がんを告白したのは、2007年ですから、10年経過したのですね。

 がん告知されたとき「何だかピントこなかった」

今から遡ることちょうど7年前、『がんばらない』『あきらめない』の著者であり医師の鎌田實医師と岸井さんの対談があったのですが、その中で癌について語っている部分があったので引用させて頂きます。

 

鎌田:さて、岸井さんが最初にがんと診断されたのは、2007年11月ですか。

岸井:ちょうど3年になります。

鎌田:どういうきっかけで、がんとわかったんですか。

岸井:大学時代の仲間が定期的に集まる会がありまして、そこへ行ったら、「顔色が悪いぞ」「尋常でない顔色だ」と言われました。

私も、最近よく顔色が悪いと言われていましたし、便通もあまり良くないので、多少気にはなっていたんですが、疲労から来ているんだろうなぐらいにしか思わなかったんです。でも、あまり「顔色が悪い」と言われるんで、「じゃあ、検診を受けてみるか」と言うと、そこにいた銀行の社長が、「いとこがクリニックをやっているから」と言って、その場で電話して予約を取ってくれ、そこから直ちに検診を受けに行きましたよ(笑)。

 

鎌田:で、結果は?

岸井:「癌の疑いがありますよ」と言われました。そこで改めて前田外科で内視鏡検査を受けたところ、「食道がん、大腸がん、両方の疑いがあります。すぐ入院したほうがいいですよ」と言われました。ところが、お節介な友人が、「セカンドオピニオンを取ったほうがいい」と言うものですから、その後、三田国際クリニックへ行き、前の2つのクリニックの検査データを見せたところ、「こりゃダメだ」ということで、そのまま白金の北里研究所病院に連れていかれました。すでに主治医も決まっていて(笑)、翌日入院しました。

鎌田:初めて正式にがんと言われたのは?

岸井:前田外科です。

鎌田:告知されたとき、どんな気持ちでしたか。

岸井:なんだかピンとこなかったですね。エッ!という気持ちはありましたが、いのちに関わる深刻な問題だという感じはありませんでした。当時は超多忙で、明日、明後日の出張のことばかり考えていましたからね。北里で精密な再検査をしたとき、進行性のがんで放っておくと危ないとわかりました。

鎌田:場所は?

岸井:S 字結腸です。

鎌田:腫瘍の大きさは?

岸井:どれくらいでしたかねぇ。とにかく内視鏡が通らないで、腸閉塞が心配されるといろいろな話もありました。家族は聞いていたようですが(笑)。手術の結果、切ったS字結腸の長さは確か40センチでした。

 

鎌田:仕事は粘り強く執着するけれども、それ以外は無頓着なところがある(笑)。

岸井:ある。仕事以外は、体のことも、私生活のことも、家族のことも、ダメですねぇ(笑)。

鎌田:大雑把なんですね。

岸井:深刻に考えないから、いいこともありますね。深刻に考えたら、精神的に参ってしまう。

鎌田:医師を信頼して、あとはお任せという部分もあったでしょう。

岸井:ありました。細かく説明してもらいましたし、手術のタイミングが間に合えば助かる、と言われてましたからね。ただ、手術前には内視鏡が通らなくなって、女房はステージ4だと言われていましたから、家族は相当心配したようです。あとでステージ2だったと訂正されましたけれどね。内視鏡が通らないという状態も、ラッキーなことに、手術の日の朝、破裂したんでしょうか、血便が一挙に出てきて解消されました。

鎌田:いずれにしても、家族は心配したけれど、ご本人はのほほんとしていた(笑)。

岸井:手術の前には、最後の晩餐だと言って、鮨だ、すき焼きだ、フグだと言って、美味しいものを食べまわりましたよ(笑)。手術室に行くときは、電車に乗ってバイバイするような感じでした(笑)。

鎌田:医師に「大丈夫だ」と言われたことを疑わないことも大事ですよね。

岸井:そう思います。それに、がんの先輩である筑紫哲也さんや鳥越俊太郎さんをはじめ、いろんな先輩や友人から、アドバイスをいただいたり、励まされたりしましたからね。

鎌田:もともとがんが見つかったのも、友人たちの「顔色が悪い」という指摘がきっかけだった。

岸井:鎌田さん流に言えば、いのちの連鎖とでも言うのでしょうか。癌をきっかけにそれを見つめ直しましたね。私が人生の中でいのちの連鎖を見つめたのは、今回が2回目でした。実は私は環境省の名付け親の一人なんですが、そのそもそものきっかけは、駆け出し記者の頃、先輩のお手伝いで水俣病の取材をしたことです。その後、やはり先輩のお手伝いでサリドマイド児の普通学校(小学校)への入学問題を取材し、ハンセン病患者を隔離収容していた熊本の恵風園の初公開にも立ち会いました。若い頃、連続してそういう取材を行いました。

 

全文ではないですが、一部転載させて頂きました。

(転載元:『がんサポート』2011年1月より)

 

岸井さんのコメントがまた聞きたい。

1歳年下の涌井さんの大きな背中が、岸井さんの不在をさらに強調するようで何ともいえない感じ。

復活して欲しいです。