毒舌ころも

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麻耶 読者の助言もスルー!?喪中でもやめない誕生祝いの言葉

 

 

 

ころもです。

 

ナイアガラの滝も完全に凍結するほどの異常寒波。

東京でも48年ぶりの最強寒波到来、北陸でも猛吹雪によりさまざまな被害が出ているといった状況が続くなか、全く世の中の現状が見えてないような麻耶さんブログ。

 

昨日は1記事、今日も現段階で1記事更新していますが、なんというのか……

 

”暖簾に腕押し”という感じで、読者からの助言も全く活かされていない内容に驚きを隠せません。

 反省したフリ!? すでに忘却の彼方へ

あれは2月3日の「節分ですね。」というブログタイトルでのこと。

誰からもお祝いの言葉を言われていないという読者のコメントがあったことから、おそらく毎日誰かしらの誕生日なのだから、「お誕生日おめでとうございます」をブログに書けば喜ばれるだろうと思ったのでしょう。

麻耶さんはさっそく、

2月3日
お誕生日の方、
おめでとうございます

と冒頭に書き入れていたのです。

ところが、これについてある読者に、

まだ喪中の身ですか
ら、あまり 御祝いの言葉を自分からは発言しない
ほうが 良いかとおもわれます!

と指摘されてしまったのです。次の「豆まき」というタイトルブログで、その読者から指摘されたコメント全文を麻耶さんは掲載したのですが、

その読者は、

フリーアナウンサーの、表現力でなにか違う言葉で

、お祝いしてあげてくださいネ(笑)

と助言。それを受けて麻耶さんは、

ご指摘ありがとうございます。
お誕生日のお祝いの言葉も…
大変失礼いたしました。

と一応指摘してくれたことに礼を述べたのですが、実は嫌な予感がしていました。

というのも、その直後に自身が出演した「キュウレンジャー」の最終回の告知をしていたから。

大事なこと、本当に伝えたいことというのは最後に持っていくことが多いものですが、この順番からすると、麻耶さんにとっては読者の指摘よりも「キュウレンジャー」の番宣のほうが大事だったのだろうと個人的に推測したためです。

謝罪が最後なら、これは反省しているなと思えたのですが。

きっと心に響いてないだろうな……と思っていたら、

 

案の定というべきか、やっぱりというのか、

 

貴重な読者からの指摘と助言は翌日も、その翌日も根本的に見直されていないではないですか。

「お祝いの言葉を自分からは発言しないほうが…」と言われ、ご指摘ありがとうございます、大変失礼致しましたと言っておきながら、実は指摘されたことに反省もしていなかったことが一目瞭然だし、理解もしていなかったと思われるような言葉が翌日も、そのまた翌日も掲載されている。

 

苦肉の策で考えた「お祝いの言葉」は、お誕生日おめでとうございますじゃなく、

 

 

Happy Birthday! 

 

馬鹿にしてますね。そう解釈されても仕方ない。

 

おそらく読者のいうところの控えたほうがいいという「お祝いの言葉」は、誕生日おめでとう、という言葉だと解釈していたのですが、「何か違う言葉で」表現しなおしてといった助言を受けたことの結果が、これ?

 

お誕生日おめでとう がダメなら、Happy Birthday にすればいいか

 

そう思ったのでしょうか。

 

「英語」に変えただけじゃないですか。お祝いの言葉であることに変わりない。忠告が全く活かされていないどころか、悪い意味で変化してしまった。

笑うしかありません。
もう、為す術がないかも。
神経が強靭すぎます。

 

所詮、麻耶さんの反省などその程度のものと思われても、反論できないのじゃないでしょうか。

 

昨日も、そして今日も ”Happy Birthday!”

昨日は、「2月8日&answer」というタイトルで、

2月8日生まれの方
Happy Birthday

精神的にも物質的にも
豊かな一年になりますように

と冒頭から「上から目線」コメントを展開。

 

いつも言っていますが、どこの誰か、何者かもわからない、不特定多数の相手に対して先入観満々の言葉を投げかけてしまうのは賢いコメントではないです。

精神的にも物質的にも豊かな一年になるよう、なぜ麻耶さんから祈られなければいけないのか。 不愉快に思う方も少なからずいるはず。

 

何にせよ、この言葉には「私は精神的にも物質的にも豊かですが」という隠れたメッセージが読み取れてしまう。それがなおのこと神経を逆なでする。

なぜみんなが、麻耶さんより生活レベルや幸せレベルが低い「はず」、満たされていない「はず」という前提で話を始めてしまうのでしょう。

 

物質的にも精神的にも申し分なく豊かな人が、また、そう自覚している人たちにしてみたら、なぜに、妹のご亭主に依存して日々の生活も話せないような相手に「祈られたり」「願われたり」しなければいけないのか不愉快極まりないはず。

 

しまいには、

12億81百万円 @土肥金山

と記し、西伊豆旅行で大きな金塊に触れてにやけている自分の画像を貼付し、

あなたにとって今日一日
幸せを感じる時間が
1秒でも長くありますように

とコメント。

いつもは「1秒でもありますように」と書いていた麻耶さん。これが不愉快でたまらなかったので、ころもは1/25に自身のブログで、

この1秒に対し、

せめて「1秒でもありますように」を、

「1秒でも長くありますように」と言い換えたらいいのに

 と書いたのですが、その通りに変えてきましたね。

ただの偶然!? ま、これはいいか。

 

昨日(8日)のブログでは、2歳と0歳の兄弟を育てている女性から、ひとり時間なんて長いこと持てていない、自分は子育てに向いてない、苦しい日々を送っている、この負のスパイラルから抜け出し、あんな日々もあったなと思えるようになりたい、といった相談内容を掲載し、

それについて、

毎日365日24時間
子育て、おつかれさまです。
頭が下がります。
 
そうですよね。
お一人様時間、作れないですよね。

とコメントし、

深呼吸の仕方を案内し(略します)、最後に、

苦しくない時間が
毎日10秒ずつでも
訪れますように
と締めています。
 
子育てどころか、世事にも疎い麻耶さんになぜにこのような相談をするのか不明ですが、麻耶さんが何をどう表現しても、言葉だけ、見てくれだけの美辞麗句で全く心に届かないのはなぜでしょう。
 
最愛の妹に対し、とてもデリカシーのない言動を繰り返してきている現実、そして、その妹の宝である姪甥の、とてもではないが「豊か」とはいえない食生活の数々。
 
おそらくは、そういった目に見える情報があるからでしょう。どんな人であれ、誰かの24時間全てを知ることはできないのですから、見える事実だけにしか頼りようがない。そこで判断されたくないのなら、中途半端な情報を世界に発信しなければいいだけのことです。
 
回りくどい言い方になってしまいましたが、麻耶さんが発信する内容から読み取る限り、麻耶さんは他人の人生相談より何より、まず自分自身が、妹の夫、妹の家族に依存せず「自立する」生活ができるようシフト変更したほうがいいでしょうね。
 

今日の13:36発信のブログは、タイトルが「2月9日」。

これまた嫌な予感がしたのですが、案の定、

2月9日生まれの方!!!!
Happy Birthday
世界が平和な一年になりますように

人のために動いてしまうと思いますが
自分のこともお忘れなくぅ

と、やめるよう指摘された祝いの言葉を悪びれずコメント。

個別のアドバイスはいよいよ、世界平和を願うレベルにまで発展してしまいました。

ここに吐露することで
気持ちが少し楽になった
気持ちに整理がついた
コメント読んでてがんばろと思った
 
など、気持ちを聞かせてもらえて..
ブログやってて、良かったなぁと思います。
 
感謝です。
 
人生イロイロだけど... 
えいえいおー!

 何もかもが軽い。

わざわざ「色々」を「イロイロ」と変えるところも、稚拙な印象ですね。

「人生いろいろ」「人生色々」でいいじゃないですか。

 

可愛さの演出はもう……

 

必要ないです。

 

それと、自分にくる精査され尽くした優しい言葉に甘んじることなく、勇気をもって世間一般の人たちがコメントするヤフーコメントを一度でもいいから熟読してください。

 

批判の言葉は耳に痛いですが、成長させてくれるのは「イエスマン」たちじゃないですよ。
なぜ自分のブログの「読者登録数」が日に日に目減りしていくのか。

 

そこにヒントがあるかもです。

ではまた。

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