毒舌ころも

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麻耶ダンマリで同居匂わせるも姪甥の食事が悲惨すぎ

 

 

ころもです。

 

家庭とは「食事」そのものなんだなと、最近の無機質きわまりない海老蔵さん一家の食生活を見ていて実感します。

海老蔵さんはそれでも一家の長だから、見てくれのいいものを揃えてもらっている。冷たいものばかりで食べたいと思えるものはブロッコリー以外ないけれど、種類だけは揃えて体裁は何とか保っている。

 

でも…

 

子供たちの食事がとにかく貧相。

料理のできない女性をそばに置くということはこういうことですよ、海老蔵さん。

優秀なお手伝いさんが入ることを阻止している「誰か」がいるのですか。

それとも自分の意志ですか。

子供たちの食生活が貧しいままでいいと思っているのなら、それもまたひとつの選択ですから口を挟む権利はないです。黙っていることにします。

 

ただ、本当は子供たちに栄養のある温かいものを食べさせてあげたいと思っているのだとしたら、今決断しないと後悔しますよ。

医食同源ですから。

 子供食堂に通う子供のほうが豊かな人生かも

余計なお世話なのは百も承知ですが、向こう三軒両隣どころか、世界津々浦々に大々的に公表し、画像までアップするからには意見を求めていると勘違いされても何も言えないでしょう。

なので、公表された画像について感想を言わせて頂きます。

 

たまのハワイより、日々の栄養です。

 

子供の肉体と精神を磨き上げたいなら、本当に大事に思うなら、大げさな海外旅行の特大プールや肉の塊やジャンクフードじゃなく、当たり前のことを当たり前にできる、きちんとした大人を身近に置いて、寒い冬には芯から温まる料理を食べさせることです。

 

料理ができない女性なんて、論外ですよ。

 

調理師の資格や、小洒落たクッキーなんか作れなくたっていい。

寒い夜に、気の利いたメニューを思いつき、それを作ろうと努力する「心」のある人。

 

そんな女性をそばに置かなくては。

 

もし、そういう女性を得たいのにそうできないのだとするなら、その障害になっている人や物や事は何ですか。

 

単刀直入に話せない事情でもあるのでしょうか。

あるのでしょうね。

 

近すぎて見えないじゃなく、近すぎて言えないことがあるのは察します。

 

それが夕飯なわけ?
それがまさか昼食?

 

そういう場面を言葉じゃなく、画像で指し示しているのはおそらくそういう語れない言葉を代弁して欲しいからでしょうから。

 

もはやその表情、佇まいは「虚無」

蕎麦屋に入ったそうです。

 

シュール…

 

笑笑

 昨日、1月25日の18:59に更新された、「一方勸玄は」というタイトルで海老蔵さんは、そうコメントしていました。

 

コメントの上にあるのは勸玄くんが制服にダウンを羽織り、緑茶の入っている湯のみ茶碗を小さい手でギュッと握りしめている一人きりの画像。

 

背後に映る3つのテーブル席に人影はなく、がらんとした「シーン」という音が聞こえてきそうなほど静まり返った蕎麦屋の店内。

 

これがわずか4歳の男の子の表情だろうかという、虚ろな目をした勸玄くんの表情。

この画像を見ていると、この子には今本当に心から愛してくれる「母」、「母の愛」がないのだなと実感してしまいます。

 

経済的には自分よりよほど豊かだろうけれど、寂寥感が漂っていて本当に痛々しいほどの虚無がその佇まいに広がっている。

 

記録的な、ミニ氷河期の始まりといってもいい「凍てつく夜」に鍋とは言わない、せめて温かいスープひとつ作ってくれる心優しい女性がいないのかと不憫で仕方なくなる。

 

それは「シュール」と海老蔵さんも、自分が預けている誰かさんに嫌味のひとつも言いたくなるでしょう。

ただ、そんな「誰かさん」を側においている人間は、スープひとつ作らないその人物よりずっと罪深いです。

 

その「誰かさん」はもしかしたら本当に何か事情があって料理というものの組み立てが出来ない人なのかもしれないし、それは見た目ではわからないほどに重症なものなのかもしれないのだから。

 

運動能力という言葉があるように、もし、家事能力という言葉があるのだとしたら、激しく「家事音痴」なのだろうし、もしかしたら、運動能力に限界があるように、鍛えようが何をしようが「料理を作る」ということが、絶望的に開発不能な領域である可能性だってあるかもしれない。

 

なので、料理ができないことの理由が不明である以上、

また、料理を作らないことの理由が不明である以上、

 

もしかしたら、これ以上その「誰かさん」を追求することは危険なのかもしれないとすら思い始めています。

 

けれども、あんな惨めな食生活を見せられて何も物言わずにもいられない。

海老蔵さんがいないときに何を食べさせられているのか、近頃の麗禾ちゃんや勸玄くんの食事風景を見ていると、もしかしたらプライドを捨てて、近くの子供食堂につれていって温かく、バランスのいい食事を提供してもらったほうがよほどいいのじゃないかと思ってしまいます。

 

渋谷では

「あーすりんくきっちん〜原宿つながる食堂」

が一番近いので、ここなどどうでしょうか。

 

近くにいる大人の女性がちゃんとした食事を作ってくれるのならいいのですが、もしこれからも海老蔵さんが不在で、お手伝いさんも雇えないような「やむを得ない理由」があるのだとしたら、もう、経済的にはリッチでも食生活があまりに気の毒なので子供食堂で他の子供たちとのコミュニケーションもとりながら楽しい食事をとらせてあげたほうがいいのじゃないかとすら思いました。

 

決断ですよ。

 

大人たちの享楽や自己愛のために子供達の食生活が犠牲になっている。

 

そういえば…

 

麻耶さんは今現在どこにいるのでしょう。

勸玄くんの送迎に日々勤しんでいるのでしょうか。

 

どこにいるのかわからないですが、食事のときだけは席をはずすのでしょうか。

それとも一緒なのに温かいスープひとつ作らずに写真撮影に夢中なのでしょうか。

 

最悪、麻耶さんとの接触を持ち続けたいのだとしたら、ファンが激減することを覚悟でそうすればいいでしょう。

 

でも、子供たちに罪はないです。

 

美味しいご飯を当たり前に作れるお手伝いさんを雇ってはどうでしょう。それとも、誰かがそれを阻止するのですか。邪魔しているのでしょうか。

 

だとしたら、考えるべき対象はその「障害」そのものですね。

 

麻耶さんをどうこうするという判断じゃなく、子供たちを助けるという視点から物事をジャッジしていけば、おそらくそれほど間違った選択にはなっていかないと思いますがどうでしょうか。

 

余計なお世話でしょうが、あんな寂しげな画像を見せられてはね…黙っていられませんよ、それは。

 

ではまた。

 

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