毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

麻耶 幼稚園送迎を報告も麻央の月命日には触れず!?

 

 

スポンサーリンク

 

ころもです。

 

麻耶さん、17:01に更新した「早めに帰れますように」というタイトルブログをAmeba限定ブログにしましたね。

内容を読み、納得しました。

姪っ子甥っ子についての記載だからです。
大雪警報の注意喚起を冒頭でしていますが、海老蔵さんが折につけ触れていたので足並みを揃えてみたのでしょう。

 

限定も含めれば本日は朝から4回ブログを更新。

まさに、生活の支柱となった感のあるブログは海老蔵さんを真似てとても短く、かつ、内容が「よくもここまで」と思うほど浅いです。

 後ろめたいから”限定”ということなのか

限定って、そもそもどういう判断なのでしょうね。

人に話したくないことなら、ブログは義務じゃないのだから書かなければいいだけ。

書けば、好む好まざるとにかかわらず多くの賛否を巻き起こすことは目に見えているのだから。

不特定多数の人には読まれたくないけど、読者登録している人には聞いて欲しい、読んで欲しい、知って欲しいというのは非常に「不可解な感情」に思います。

 

何をしても、言っても、やっても、無条件に自分を受け入れてくれる人たちが”読者”という大前提があるからこそ”限定”にしているのだとしたら、登録していない読者に対しても、登録している読者に対しても、どちらに対しても非常に不誠実に感じてなりません。

前者に対しては、後ろ暗さ、後ろめたさ、そういった感情から読ませたくない。
後者に対しては、非常識なことをしても何をしてもどうせ批判なんてされないだろう。

 

そんな解釈、判断、選別の上での「限定」でしょうか。

おそらくは、定期的に限定にしたほうが読者を引き付け、それによってアクセスがアップが望めるという図式があってのことではないかと推察しています。

 

ま、それは最終的には麻耶さんの生命線であるブログ収入につながっていく話なので、好きにすればいいと思います。

 

ただ、

幼稚園の送り迎え、

今日も楽しかったぁ。

(小林麻耶オフィシャルブログ「早めに帰れますように」より引用) 

という呟きを「限定」にするということは、少なくとも自分がいつまでも姪っ子甥っ子の幼稚園送迎を理由に、妹家族に密着し続けていることに対する後ろめたさを自覚しているからでしょう。

そうでなければ、一部読者にしかその事実を語らない理由が見当たりません。転載転用禁じますとするのは、批判が怖いというのはもちろんでしょうが、批判されることを未だし続けているという自覚があればこその行動と思います。

 

雪が降っていることに無邪気に反応、喜んでいる姪甥の姿に「キュン&ハッと」とした自分の気持ちを語っていました。

 

転載はできないので内容をかいつまめば、雪に対して警戒する気持ちばかりで子供のときのようなワクワクがなくなっているということ。

そして、雪に対する注意喚起の言葉で限定ブログを締めくくっています。

究極に要約すれば、姪甥の幼稚園送迎を今日も私がやりました、という内容です。

 

彼女のあざとさは、幼稚園の送り迎えをしていることを報告することもさることながら、「今日も」と、「も」を入れることによってこれが継続的なものであることを強調せずにはいられないところでしょう。

 

妹の麻央さんの今日は月命日ですが、今のところそれには触れてません。さんざん妹が注目を浴びてきたのだから、もういいでしょう、常に優先してきたのだから…

 

そんな、声なき声が聞こえてくるようです。

 

 

誰が質問したのかな、その質問

 

本日19:58更新の海老蔵さんの「一番好きなのは」というタイトルブログの中で、

 

一番好きなのはママ
そう言ってます、

というコメントが冒頭あり、その下に楽屋にいる勸玄くんの画像がアップされています。

つまり、「一番好きなのはママ」と答えたのは勸玄くんと解釈してよさそう。

 

だよね
パパもだよ

画像の下には、そんな海老蔵さんのコメントが。

 

きましたね。
こういうブログの使い方、本当に海老蔵さんは上手です。

 

どういうことかと言うと、ママのことが一番好きだということは読者は言われなくてもわかっているわけです。麻央さんが一番に決まってる、本当のママなのだから。

 

だったらなぜ、そんなわかりきったやり取りをブログに掲載するのかと言えば、

もちろん、この会話、言葉、真実を聞かせたい相手、知ってほしい相手がいるからと考えるのが自然じゃないでしょうか。

 

その相手とは一人しか浮かびません。

そうです、義理の姉である麻耶さん。

 

面と向かってこんなことは言えない。
でも、ブログでなら他愛ない親子のやりとりとして成立する。

 

半永久的に残るこの言葉は、まさに今日が月命日である妻、麻央さんに対する海老蔵さんからの最高のプレゼントになるのじゃないでしょうか。

 

色々世間に言われてますが、子供たちの気持ち、私の本心はこうなんです!

そんな声がわずかな会話から感じ取れました。

 

かろうじて二位にパパとさ
ありがとう、

そんな言葉があとに続きます。

 

三位については質問しなかったのか、勸玄くんがここで誰の名前ももう挙げなかったからなのか、やり取りは終わり。

誰が質問したのでしょうね。

海老蔵さんでしょうか、それは不明でした。

 

極めつけ、21:21に更新したブログで海老蔵さんは、

ここ二日間
食べるという事の大切さを感じるブログです。
 
私自身ももう一度見つめなおして
考えたいと思います。
 
麻央が色々教えてくれているので
見落とさないようにしたいです。 

 と、麻央さんのブログのリブログとしてコメントしています。

 

わかる読者にはわかる内容ですよね。

”食べるということの大切さ”
”麻央が色々教えてくれているので”

 

麻耶さんからは得られない教訓を麻央さんから海老蔵さんは今感じとり、噛み締めているのだろうなと想像できる部分。

 

これもまた、命、命といいながら少しも自身の食生活を顧みない義姉に対する遠回しな忠告のように響きました。

もちろん、それとわかるように書けるわけがないですから、こういう婉曲的な言い回しでやんわりと伝えるというしか方法がないのでしょう。

 

まさに、医食同源を実感している最中なのだと思います。

 

だからこそ、昨日の夕方4時半にブログアップされた勸玄くんの、一人鉄火巻(?)の食事風景に対し、

 

ランチ?

と大げさに驚いて見せたのでしょう。

 

そんな食生活を強いられている哀しげな勸玄くんの姿ならアップしなければいいと普通は思いますが、それ以上に読者に知ってほしい「現状」があったのだとすれば、画像をアップしたうえで、「ランチ?」という疑問形の言葉がつくのもわかります。

 

こんな時間に?
なのか、

そんな殺風景な感じの食事?

ということなのか、

 

いずれにしても、人一倍舞台中は食事に気をつけているでしょうから、自分の知らないところで息子が実はそんなものを食べているのか、ということを画像アップすることで自分もそんな食生活に疑問を持っている、納得しているわけじゃないということを暗に言いたかったのかも。

 

今日は月命日です。

 

海老蔵さんは、ブログの最後にそう書いていました。

 

ではまた。
 
追記:
ついさきほど、本日2つ目の「限定ブログ」を麻耶さんが更新。
麻央さんの月命日について書いています。
また、明日に。