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海老蔵 麻央と最後の花見で揉め「すごく後悔してる」

 

 

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ころもです。

 

今朝の「おはようございます」タイトルの海老蔵さんブログの中に、とてもインパクトのあるエピソードが記載されてました。

 

今年の桜の開花が3月22日であることを伝え、それが勸玄くんの誕生日であることが「なんか嬉しい」と。

目黒川付近の病院で勸玄くんが生まれたときは桜が満開だったので、そこからの景色が忘れられないと話しているのですが、

その次です、気になるのは……

 何のことで「揉めた」の?

海老蔵さんは、

「桜か…

大好きです」

 

 

とコメントを書いたかと思うと、

 

去年は麻央も一緒に花見に行きました。

 

その時珍しく 下らない事で
もめたの思い出しました。

すごく後悔してる。

日々を大切に生きたいです。 

 

と、今となっては麻央さんと愛でることのできた「最後の花見」の際に「もめた」事実を告白しています。

 

昨年の花見はブログによれば、2017年「4月3日」ですね。

今だからわかることですが、麻央さんが亡くなる2ヶ月ちょっと前ということになるでしょうか。

 

確認したところ、

アメンバ限定ブログにされていた「集合写真」というタイトルの中で、

 

満開の桜を背景に麗禾ちゃんを抱っこしたサングラス姿の海老蔵さんと、勸玄くんを抱っこしたショートウィッグ姿の笑顔の麻央さんの4人が誰かの撮影した写真に収まっています。家族四人として。

 

これを撮影したのって、麻耶さんでしょうね。

家族水入らずの最後の花見に、つまりはまたも姉が無遠慮に入り込んで付き添っていたというわけですか。

 

本当にこの姉……

 

一家四人の写真の下には、

 

来年は京都で花見しようね!
って約束しました。

約束守れるように頑張りたいと思います。

 とのコメントが。

 

こんな笑顔の写真の裏で、後悔するほどに「揉めた」時間があったとは。

 

当然余命を告知されていたでしょうから、これが海老蔵さん、子供たちと見る最後の「桜」、「花見」になるだろうということを麻央さんは十分に意識していたものと想像できます。

 

そんな貴重過ぎる場で一体二人は「何のことで」「何が原因で」揉めたのか。

揉めることになったのか。

 

とても気になります

 

まさか、この日から一週間後に出かけることになったディズニーランドの件でしょうか。考え過ぎでしょうか(海老蔵さんと子供たちはこの花見から一週間後の4/10にディズニーランドに行っています)。

 

個人的には、麻耶さんがらみのことではないかと真っ先に思ってしまいました。

 

病人にとって外の風にあたるだけでも重労働だろうに、それでも出かけたかった花見の席で、もめるほどの何があったのか。

 

海老蔵さんと麻央さんのみぞ知ることですが、傍若無人な姉の麻耶さんの言動を見てしまってからでは、この姉が揉める原因になっているのじゃないかとどうしても邪推してしまいます。

 

何が何でも麻耶さんでなくてはいけないということなど、もはや何一つないほどにしっかりしてきた子供たちであるのに、可愛い姪っ子甥っ子という印籠を振りかざして好き勝手に自分の夫と夫婦気取りで日々を過ごしている今の姉の姿を見て、麻央さんは今どんな想いでいることでしょう。

 

仲がいい姉妹だったからといって、恋人や夫を共有しても気にならない、なんて話がまかり通るわけがない。

 

自分以外の他人と共有できるほどの相手となら、結婚をする意味がそもそもない。

その人と結婚をするということは、それが誰とでも「共有できる」あるいは、「共有していい」相手じゃないということの宣言、証でもあるわけです。

 

自分亡き後に姉と結婚してください、という遺言でもありましたか。

夫と再婚なんてしないで下さい、という遺言はあっても不思議じゃないですが。

 

謎ですね、謎です。

 

いずれにしても、あれほどにブログを通して自分の生きた証、強い生き様を子供たちに残そうとした麻央さんが、遺言を残さなかったということ自体、ころもには信じられません。

 

余命を宣告されたときに人がする行いは、それこそ「人の数」ほどあるでしょう。

 

赤の他人が断言することも危険だし、できないことではあるけれども、

 

麻央さんのブログを最初から最後まで読んできた読者の多くは、麻央さんが遺言を残さなかったということに激しく違和感を感じたのじゃないでしょうか。

 

自分なら…と置き換えてもみるでしょう。

 

ブログを書いたからOK、なんて到底思えない。

 

麗禾ちゃんには、麗禾ちゃんに一人に向けての言葉を遺したいし、
勸玄くんには、勸玄くんのみに向けての言葉を遺したい、

もちろん夫に対しても。

 

なんならビデオレター、ヴォイスレコーダーに「おはよう」「おやすみ」「いってらっしゃい」「おかえり」「大丈夫だよ」「愛してるよ」そんな言葉の数々を吹き込んで遺したいとも思ってしまう。

 

遺言がない。

 

色々不可思議なことの多すぎる他人の夫婦ですが、この言葉と行動の乖離が、海老蔵ブログを読むときに常につきまとう「違和感」なのですよ。

 

ではまた。

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