毒舌ころも

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麻耶 もはや姪甥抜きでは語ることなし!?「お花が光ってる」

 

 

 

ころもです。

 

語るべきことがないのじゃなく、語ることのできる「生活」を送っていないのでしょうか。

あまりにも中身のない麻耶さんのブログ。

 

もはや「怒り」というより、「哀れみ」の気持ちで読んでいます。

 

麻耶さんが富士山の上空を飛ぼうが、バス移動しようがそんなことはどうでもいい。

麻耶さんの一挙手一投足が気になるからブログを読んでいる人ばかりじゃないですからね。

 

人間には「好き」という感情以外の、「興味」「関心」という感情もあるわけです。

これまでいろいろ不謹慎な旅行や言動をしてきた人が、今日はまた何かやらかしていないだろうかと”心配”、あるいは単に”気になって”ブログを読んでいるという場合もあることを麻耶さんにも気づいて欲しいものです。

 再婚できなくても事実婚があると思ってる!?

 

人間関係というものは、最初が最後じゃありません。

 

麻耶さんと麻央さんは確かに仲の良い時期もあったでしょう。
ただ、だからといってその時の関係が未来永劫に保証される”関係”であるという保証はどこにもないわけです。

いつも一緒、何をするにも一緒、だから仲がいい。

だから生涯互いのことが好き。

 

人間はそんな単純な生き物じゃありません。

感情ほど揺れ動くものはないし、感情ほど保証できないものもないといっていい。

 

麻央さんが亡くなってからの麻耶さんの言動の数々を集約すると、浮き上がってくる言葉があります。

 

それは…

 

劣等感

 

麻耶さんと麻央さんは、冷静に見て「似て非なり」。

 

麻央さんは好き嫌いはあるにせよ、客観的にみて美形です。

可愛がっていた妹が自分以外の世界を知り、その世界の人たちからチヤホヤされ褒められたりする姿を心の底から喜べなくなっている自分に気づいた日が麻耶さんにはあっただろうなと推察できます。

しかもあろうことか同じ業界で仕事をすることになり、同じ人を好きになっていく現実の残酷さが、これまでの一卵性双生児と言わしめた二人の関係を外形から変えていった可能性も否めません。

 

市川海老蔵さんという男性が登場することによって、これまでの仲が良かっただけの二人の関係が微妙に変化していっても少しもおかしくないし、歌舞伎大好き、海老蔵さん大好きの麻耶さんの感情が、自分じゃなく、妹が選ばれたという現実に一ミリも変化しないほうがむしろ異常です。

 

悔しかったのじゃないでしょうか、素直に。

 

麻央さんを選んだということは、同時に麻耶さんは選ばれなかったと同義語ですから、傷ついたとしても不思議でもなんでもありません。

 

美しいものが好きな海老蔵さんが「永遠の伴侶」として選んだのが麻央さんだった。

 

この事実は、非情なほどに突き刺さったはず。

でも、傷ついたということをいうわけにはもちろんいかず、明るく振る舞うことでしか二人に関わることができなかったとしたら、麻耶さんも辛かったことでしょう。

 

辛い。でも出せない。

なので自分の感情を偽ることが「常」となり、その虚飾の自分が本当の自分に次第に成り代わっていくということは、まま、現実ではあり得ることです。

 

いつも「なぜ」への解答がないブログ

本日麻耶さんは2本のブログを更新しています。

 

14:26に更新した「東京はポツポツ雨です。」タイトルのブログでは、

「今日は打ち合わせがありTBSに行ってきました」と冒頭にコメントがあり、

久しぶりの方々にお会いでき
元気をいただきました。

何年ぶりかでも
変わらないお姿やお気持ちに
心を打たれました。

 と続け、

2018年最初の新月
自分の心と身体にゆっくり向き合います。

 

という言葉で締めています。

 

普通は自分の心と向き合うという言葉には”前向き”な印象が伴うのですが、麻耶さんが自分の心と向き合うというと、いつも胸騒ぎしかしません。

 

それがイメージなのですから、しょうがないですね。
なかなか変えられない。

 

2つ目のブログは15:33に更新の「輝き」というタイトルで、

 

ヨガトレッチ主宰koyumiちゃんから

『お花が光ってる』

と、お写真をもらいました!!!

 と、白いボワ〜んと浮き立っている感じの白い花の画像をアップ。

美しいですね
輝いてる

とコメントして、昨日はヨガトレッチをしてもらい身体の一部が緩んだことを報告すると、

 

一生付き合っていく自分の身体なのに、
知らなかったことがたくさん!!

気づきを、ありがとう。

わたしは、ヨガトレッチ主宰
koyumi先生のファンです♡

という言葉でしめています。

 

殊勝な言葉を放って感謝していますが、上辺だけで腑に落としていないことは、身体のメンテナンスはしても命のメンテナンスには無関心である日々の食生活が証明している感じですね。

 

もし「気づきを、ありがとう」と本気で思い、理解したなら、明日からの食生活はきっと変わるはず。

 

でなければ、感謝をする自分を「見せる」のが好きな、ただの学ばない人になってしまいます。

 

本当に「気づきを、ありがとう」という気持ちのある人は、koyumiさん一人の言葉以上に大きく耳に入ったはずの世間という声にもっと敏感なはず。

 

麻央さん逝去後の、不可思議な義理の弟との疑惑をいつまでも持たれて平気でいられるわけがありません。

 

そういえば…

 

昔、麻央さんと麻耶さんの姉妹対談がAERAという雑誌であったのですが、そのときの会話で気になった言葉がありました。

 

◯妹がいなくなったら?という雑誌側の問いに、

 

当時、結婚したばかり。仲良し姉妹の話は弾んだ。

「私のほうが姉を心配してるんです。私がいなくなって、姉がやっていけるかどうか……」(麻央さん)

「いまも1日でも話さないとつらいのに、妹がいなくなったら生きていけるのかわからないんですよね。まあでも、毎日、妹の家に行こうかなと思ってます」(麻耶さん)

(引用元:AERA 4月12日号より)

 

同じ人とは思えない麻耶さんの発言ですが、最後の一行、

 

まあでも、毎日、妹の家に行こうかなと思ってます

 

だけは有言実行している感じでしょうか。

わからないですが、ここはしっかり誤解を解く必要があるでしょう。

 

色々な方に迷惑がかかりますからね。
それとも何か約束、決め事でもあるのか。

 

とにかくもう支離滅裂な生活という感じしかしません。

翻弄されることに苛立つというより、迷走中の麻耶さんがお気の毒に思えてきました。

早く、仕事が増えるといいですね。

 

ではまた。

 

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