毒舌ころも

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麻耶「ブログ更新もしたいのに」姪甥の世話についに悲鳴!?

 

 

ころもです。

 

最新ブログでは富士上空からの航空写真をブログUPした麻耶さん。

海老蔵さんとの太いパイプをより確かなものにするための姪っ子甥っ子の世話とはいえさすがに疲れてきたのか、昨夜の「2018/01/14」タイトルブログでは、

ブログの更新もしたいのに
気づくと時間が経過していて
 
あっという間に夜!
ふと時間をみると23時(^▽^;)みたいな...

と、こぼす始末。

 労働とは本来そういうもの、としか言えない

好きなこと、楽しいことだけして生きていきたいというのが信条である麻耶さんにとっては、いくらこの姪甥がいるおかげで多くの恩恵に預かっているとはいえ、連日の子守や送迎となれば、さすがに「ちょっと待って」の気分になってきたのか。

 

とうとう、ブログ読者へ、

えー!もう、こんな時間!?

の、連続です。

 

一体どうしたらいいのでしょ!?
 
という、
なんとも くだらない ご相談でした。

 と、お疲れアピール。

 

子守や送迎をやっても海老蔵さんの特別番組で自分の存在が語られるでも褒められるでも映るでもないことが、なおのこと疲れに拍車をかけているのかもしれないですね。

 

添加物の多い、健康より見た目第一の食事が多い「外食生活」が人生の柱になっていれば、見た目にはすぐに現れずとも、次第に健康は蝕まれていくでしょう。

お金と時間はあるはずなのだから、自分の健康と同時に姪甥の事も考えて食生活を「自炊」にシフトしていくのがいいのじゃないでしょうか。

 

海老蔵さんが、ということじゃなく、知性ある男性なら誰しも「食をあなどっている」女性を人生のパートナーにしようとは思いません。

 

今日これから口にするもの、それが血となり肉となり骨となることは間違いないのですから、その真髄についてきちんと理解し、自炊をする人に知恵が蓄積されればされるほど人は傾くもの。

 

生物として、それは至極当然な成り行きなのです。

 

世間一般のお母様がたは送迎や見守りだけじゃなく、その中に料理や買い出し、支払いの有無や掃除に洗濯、果ては親の介護までこなしていたりすることもあるのだから、本当に凄いことです。

 

麻耶さんは楽しいことをして生きることを大事にしているので、こういう影の労働に対しては、ことに自分の本当の子供じゃないということからも嫌気がさしてくるのかもしれないですね。

 

麻耶さんは結婚に向いていない、と番組で語っていた麻央さんの言葉が蘇ります。

 

読者限定で、その悩みに解答を見出す!?

 

そんな愚痴をブログでつぶやいた麻耶さんに、決して否定的なことは掲載されない読者コメント欄に多くの応援メッセージが寄せられたのでしょう。

 

またもや”読者限定”、「おやすみなさい☆」タイトルで、

 

「時間の経過があまりに早すぎて てんやわんや 気味だったので まさか、そのことが充実しているということだと認識も出来ていませんでした」

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

とコメント。

 

読者の多くが、時間の経過が早く感じるということは充実していることなんだ、といって安心させてくれたようですね。

 

そのことに気づいて「ハッとしました」と麻耶さんはコメントしています。

 

◉時間が足りたいよー テンパり てんやわんや
 
◉時間が足りないよー わーい!充実してる!

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

 

この2つのことについて、「起こっていることは同じだけど、感情は、選択できますもんね」と納得しています。 

たださらに突き詰めると、
 
時間の経過が早く感じることが必ずしも「充実している」ということとイコールではないということもひとつ現実として言えると思います。
 
それは時間の経過が早いと感じることの原因が、単に「詰めすぎ」「多忙すぎ」で起こっている場合です。
 
これは心を亡くしてしまう種類の「時間の経過」ですから、流れる時間が早すぎると感じることが充実しているからなのか、多忙すぎるだけのことなのかを見極めてからでないと、必ずしもそこに「充実」という幸せなメンタルは付随できないように思います。
 
充実というのは、十分に備わり内容が豊富であることを意味します。
 
けれども、多忙は非常に忙しいというだけのこと。
 
あれもしたい、これもしたい、でも、姪っ子甥っ子の面倒を見なければ…
 
そんな強迫観念が芽生えてきたのだとしたら、少し危険ですね。
しっかり「しんどい」「限界」という言葉を使って、少し早いと思っても、未来ある麻央さんの子供たちから距離をおいて、本来の伯母としての距離感から見守る姿勢をとるのが両者にとって賢い選択のように思います。
 
不自由は、変化につきもの。
 
変化を恐れるということは、人生そのものを恐れることです。
変化こそが人生。万物流転。
 
毎日いた伯母がいなくなっても、不自由するのは数日だけのことでしょう。
親はなくとも子は育つ、ましてや伯母がいなくなっても痛くも痒くもないはず。
 
もし痛いなら新たなものを見い出せばいいし、痒いなら、違う方法を模索すればいい。
 
この世に変わらないものなどないといってもいいのだから、それを理由にお世話をし続けるというのは理由にならない。
 
母親ですら、この世から消えてしまう無情を思えば、伯母が遠ざかることなんて、蜃気楼が消えて無くなるぐらいのものです。
 
現象として楽しむことはあっても、それが永遠のものだなんて誰も思わない。
 
だから安心して、そばを離れて温泉でも海外でも行けばいいのです。
麻耶さんにしても一度切りの人生ですし、本人が毎度そのことを口にして信条としているわけですから、そうすればいいだけのこと。
 
海老蔵さん一家と二人三脚、二人羽織で生きるよりずっと自由な日々が待っていると思います。
 
麻耶さんを大切にしてくれる読者さんに、これからも丁寧に嘘無く生きていく姿を見てもらいブログ収入を得ていくとしたら、海老蔵さん関連で話せないことが増えていくより、正々堂々と自分の日々の暮らしを楽しくUPできるブログのほうが精神的にもずっといいはず。
 
本当の麻耶さんのファンは、そういう姿が見たいのじゃないでしょうか。
今のままでは日陰に咲く「ひまわり」のようで哀れです。
 
方向性を変えれば、きっとその前向きで強靭なメンタルはもっといかされ、芸能のお仕事も入ってくるかもしれません。
 
もったいないですよ、いずれ必ず自分の手から離れる姪っ子甥っ子なのですから、お役目御免で解放される前に、自ら離脱する勇気も必要。
 
人気稼業を生業とし、今後も歌舞伎界を背負っていかなくてはいけない運命の海老蔵さんにしてみても、麻耶さんが一人の女性として自立して幸せになっていくほうが安心でしょう。
 
海老蔵さんはいずれ、自分の判断で再婚相手を決めるかもしれません。そのときに、相手を恨むこと無く祝福できるよう麻耶さん自身が幸せになることです。
 
妹の家庭は所詮、妹の家庭。
妹の旦那さんは、所詮妹の愛する旦那様。
 
この現実こそが、これからの鍵ですよ。
 
海老蔵さん、麻央さん、麻耶さん、歌舞伎、誰のファンでもないからこそ、客観的にみてそう思います。
 
余計なお世話ですが、歌舞伎ファンを逆撫でして良いことは麻耶さんにとっても海老蔵さん、姪っ子甥っ子にしてもありません。
 
歌舞伎を本当に愛するなら、麻耶さんが変わることです。
 
同じ道を歩く必要はないわけです。
気になる道を横目に見ながら、違う道を並行して進むこともできます。
 
ではまた。