毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

「市川海老蔵に、ござりまする2018」麻耶は登場するか

 

 

 

ころもです。

 

今夜「市川海老蔵に、ござりまする2018」が放送されますね。

昨年の今日は麻央さんがご存命だったことを思うと、視聴者の胸に去来する想いも、その数だけ複雑にあることでしょう。

麻央さんが亡くなってまだ半年ちょっとですが、その間に起こった出来事は、とても一言では語り尽くせないほどのものがあります。

にわかブログ読者のころもですら、この半年あまりの出来事に人間不信になりそうでした。

わかる読者にはわかる言葉だと思います。

 生きてこそ…

今夜放送される「市川海老蔵に、ござりまする2018」のどこに注目するかは人それぞれですが、ころもは麻央さん亡き後、一番理解に苦しむ言動を繰り返していた麻耶さんに注目したいと思っています。

 

麻央さんがご存命だった頃、ころもは麻耶さんのブログを読んでいなかったので色々と誤解をしていた部分がありました。

 

その点において、本当に麻央さんには申し訳ない発言をしたという反省の気持ちも生まれてきたのは事実です。

 

いっぽうで、麻耶さんという姉の存在が否が応でも大きくなったわけですが、この方の言動にはどうにも共鳴できない、寄り添えない、それどころか、不信感ばかりが募っていくのを抑えられませんでした。

 

麻央さんという姉妹を亡くした悲しみがあったのは事実でしょう。その悲しみの程度や大きさなどは勿論本人ではないので知るよしも語る資格も本来はありません。

 

わかるのは、その後の麻耶さんの言葉、行動のみ。

 

でも、それ以上に必要なものがあるだろうかというぐらい、誰かを語るのに「言葉と行動」というものは十分過ぎるほどの材料ではあります。

 

 

誰かを語るのに24時間一緒にいる必要はない

 

誰であれ、一人の人間の言動を網羅しきることは不可能です。

 

その意味で、自らが発する言葉、そして行動する姿を敢えてブログで見せているわけですから、ブログ読者がそこからいろいろな思考、想像を巡らすのは至って当然、かなりナチュラルな流れ、結末です。

 

多くの読者は麻央さんのブログからいろいろな感想を抱き、そこから麻耶さんという存在へ視点を移行していったのではないでしょうか。

 

そして知れば知るほど、見れば見るほどに「何かが違う」という気持ちになり、それが不信感へとつながり、少しずつ確信に変わっていったのではないかと思います。

 

本日の「市川海老蔵に、ござりまする2018」で麻耶さんがどのように取り扱われ、出演するのか、しないのかはわかりません。

 

飛び交う噂を否定している海老蔵さんではあっても、もう一人の当事者である麻耶さんが絶対に海老蔵さんとの「仲」「噂」に対しては一言も言及しないという現実だけが確かな事実です。

 

海老蔵さんも、麻耶さんに否定して欲しいと言えばいいだけのことなのに、それをお願いしているとは到底思えないような現状。

 

海老蔵さんは歌舞伎役者としてまだまだやらなければいけないことがあるはず。

 

ここで足踏みどころか、足をひっぱられるようなことがあっては、愛する麻央さんの子供の未来をも貶める結果になってしまいかねないことを今一度思い起こして欲しいものです。

 

麻耶さんをどのように日テレは紹介するのか。

登場させるのか、させないのか。

匂わすのか、匂わさないのか。

 

わかりません。

 

フレームの中にいないからといって、フレームの外にはいるかもしれない。

ブログの世界では、フレームの中にも外にも麻耶さんがいるのはほぼ本人の暴露から確認できています。

 

さあ、今夜どんな内容になるのか。

 

麻耶さんへの興味というより、歌舞伎の未来をも見据えて鑑賞したいと思います。

 

ではまた。