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麻耶「涙を流させてくださり」ブログ文章が不自由すぎる

 

 

 

ころもです。

 

いろいろと理解不能なことの多い麻耶さんですが、海老蔵さんともども日本語が得意じゃないのかな…という文面が多いですね。

 

元旦の限定では、

コメント読ませていただき
泣きました、泣きました。

涙を流させてくださり
ありがとうございます。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

という、何とも不思議な文章、言い回しです。

曲がりなりにもアナウンサー時代があった方の言葉とは思えないですが、個人的には今さら何も驚きません。

享楽一辺倒、だから批難される 

この文章は「限定記事へのコメントありがとうございます!」というタイトルの一部で、アメンバ限定記事です。

ただし珍しいことに、今回は「転載、転用禁じます」の文字が入ってませんでした。

 

麻耶さんの不思議なところは、これこそ1人でも多くの人に読んでもらったほうがいいのでは?という内容ほどアメンバ読者限定記事に指定すること。

内容に嘘がないのなら、読者限定になどせず堂々と自分のブログを訊ねてきてくれた人々に読んでもらったらいいのに、麻央さんがらみの話になると読者限定にしてしまう。

内容に嘘偽りがないのなら、読者登録をしている読者に対してだけじゃなく、普段から自分のブログを読んでくれているその他大勢の読者にだって同じ内容を披露できるはず。

 

それをしないのは、どこかに後ろめたさが有るからじゃないのかと思われても仕方ない。

 

限定ブログの中に、

遺された我々は、、
悲しみや寂しさを抱えながらも、、
お空から心配されないように、
お空から申し訳なかった、ごめんね、と言わせることないように、
生きていきましょう。

(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)

とのコメントがありましたが、これを限定にする意味がわかりません。

 

大丈夫!

1人じゃないよ。
ここに私がいます。

 とも(引用元:小林麻耶オフィシャルブログより)書いています。

 

麻耶さんは「恋のから騒ぎ」というより「オバの空回り」……

 

という感じ。

 

支える、助ける、の意味をあまりにも直球で叶えようとすると今のような海老蔵一家との過剰接触になってしまいます。

 

支えるというのは、結果「支えられたな」と、支えられた側が後にほのぼのと実感するぐらいがちょうどいいのです。

 

支える、支えてあげる、そういう心は自己満足の場合が多く、本当に相手のためになることは少ないもの。

なぜなら、そこには知らず見返りを期待する心が入り込みやすいから。

 

「いざとなったら伯母ちゃんに頼ろう」

 

姪っ子、甥っ子が心から、そして自主的に伯母さんに相談したいなと思ったときには相談にのる、人肌脱ぐ、そんな伯母こそが最強じゃないでしょうか。

 

朱に交われば赤くなる

 

たかが送迎、たかが遊戯と侮るなかれ、子供は身近な大人からの影響を取捨選択することなく受けてしまう生き物です。

 

麻央さんを応援してきた読者層にも挑戦かつ挑発的な言動を繰り返し、世間の批判をもろともせずに自分の父親と海外旅行へ行きたがるばかりの伯母がそばにいて、子供にいい影響があるとは到底思えません。

 

母親を亡くした子供たちが、父親との新たな関係を構築していかなくてはいけない、大切なこの喪中の時期に、ズカズカと家の中に入り込み、どこに行くにも漏れ無くついてくる伯母ということになれば、その人が自分たちにとって本当に必要なのかどうかを判断する余地もない。

 

子供なのだから仕方ないという言い訳も聞こえてきますが、子供だからこそ、今のうちにそれを体得させることに意味があると思います。

 

他人の子供ではあっても、ブログ画像にアップされる無防備な麗禾ちゃんのパジャマ姿や、4歳とはいえ個人的な悲しみに襲われている勸玄くんの表情を無神経にあげる伯母や父親の気がしれません。

 

舞台に立つほど成長した我が娘のパジャマ姿を世界にさらし、何が面白いのでしょう。そんな犠牲を強いてまで得たお金で贅沢をして虚しくないのでしょうか。

 

望まない姿でもカメラを向けられる子供たちの心が心配ですね。

 

ではまた。

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