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小林麻耶にとって海老蔵宅は実家感覚!?年越しも一緒か

 

 

 

ころもです。

 

正直、もう言うべきことは何もないという感じ。

もうね、海老蔵さんと麻央さんの家庭は、麻耶さんにとって擬似家庭、そして実家感覚と化しているのでしょう。

海老蔵さんも麗禾ちゃんも稽古で家を不在にしている。

でも、

海老蔵さん宅にいる息子の勸玄くんは、これでもかっ!というほどに家での様子をブログに連写連投され続けている。

こんなことできるの、麻耶さん以外いないのでは?

実際、昨日の9:50に麻耶さんが更新した「星3つですっっっ!」というブログ。

これ、ニトリでゲットした星印のついたマグカップ3個を並べた画像(更新だけを意識したとしか思えないやっつけブログ)ですが、このブログ投稿以降は一切の更新がありません。

それはそうです。海老蔵さん宅で勸玄くんの画像を撮ってはブログアップしていれば忙しくて自分のブログ更新どころではないでしょう。

 麻央さんの場所に、完全に座りきった感が満載

どんなに親しい姉妹でも、自分が死んだら旦那と一緒になって自分の分まで楽しんでね、なんて気分にはならないでしょう。

全然平気、愛する人たちが幸せならそれが一番!

 

そう簡単に口に出来る人は、本気で人を愛したことのない人か、偽善者か、自分が麻央さんのような立場になることが一ミリもないと高をくくっている、おめでたい人としか思えません。

遺族が不幸になることを望まないことと、遺族が自分の場所をすっかり上書きし、無きものにしてしまうほど我が物顔で振る舞うことを許容することとは別次元の話です。

幸せにはもちろんなって欲しい。泣いて暮らして欲しいとも全く思わない。

 

でもそれは……

 

自分の選択した、自分で開拓したオリジナルな人生で叶えて欲しいと思うもの。

 

「ジェラシー」が口癖だった麻央さん。

 

愛してやまず、支えたくても支えられない夫や子供たちと築き上げた場所に、結婚もしていない独身の海老蔵さん大ファンの姉が「可愛い姪甥が」「最愛の妹の大事な家族たちが」という免罪符を振りかざすことで生涯そのそばから離れまいとすることを良しとするはずがない。ましてや望むわけもない。

 

だからといって麻央さんが冷たく残酷な人間などということでは一切なく、人を愛して生涯を共にすると誓う感覚のある人ならば誰しも、おいそれと愛する自分の夫や子供を手渡せるわけがないのです。

 

麻央さんはそこまで心の狭い人じゃない、という弁明は他人の心の領域を自分の価値観で決めつけすぎでしょう。

誰にも亡くなった麻央さんの気持ちはわからない。

そうです、その通り。

 

だからこそ、空席は空席のまま、母親の座は、母親不在の席のままにしておくのがもっとも自然なのです。

そこを子供たちが悲しむから、不自由だから、楽しく過ごして欲しいからという残された者の勝手な大義名分、ご都合主義で埋めようとするのは傲慢に過ぎる。

 

不在こそ、存在していたことの確かな証明なのですよ。

せめて、母親が亡くなったという実感を2017年ぐらいは持たせてもよかったのでは? 子供たちが今後生きていく未来は決して安穏とした享楽の社会ばかりじゃないでしょう。

なのに、楽しいだけが人生だ、といわんばかりの日常を押し付けることの傲慢さ。海外のバカンスのときより、目的を見つけて稽古に励んでいるときの麗禾ちゃんや勸玄くんの頼もしいこと。

上っ面の楽しみしか教えられない大人は遠ざかり、自立のために必要なことを優しさと強さで見守れる、本物の精神的に自立した大人に近くにいて欲しいものです。

 

 

年末年始は海老蔵宅で年越し、完全に擬似家族!?

今年最後、大晦日の「おはようございます」タイトルブログで海老蔵さんは、

 

今日は年越しそばをみんなで食べる

 

と予告しています。

 

いうまでもなくそれは、いつもの海外バカンスメンバーのことでしょう。

つまりは、小林さん親子、麻耶さんのお母さんと麻耶さんと共に過ごすことを言っているのだと思います。

 

もしかしたら、麻耶さんのお父さんも来たりするのかな?
それは今回はないかもしれないですが、昨日も、そして大晦日の今日も麻耶さん親子が海老蔵さん宅にいることは、ほぼ、間違いないのじゃないでしょうか。

 

批難されることを先取りして、「みんなで食べる」と宣言、予告しているのだと思うし、その件について他人にとやかく言われたくないという意志も感じました。

 

でも、その他人が貴重なお金を払って海老蔵さんの属する歌舞伎界に貢献し、ブログ収入を支える一助となっているのですけどね。

 

それとこれは別ってことでしょうね、都合がいい話ですが。

 

(麻央さん以外の)女性との再婚は「不可能ですよね」「無理ですよね」といいながら、独身女性である、自分の大ファンである義理の姉、麻耶さんとこれだけ蜜月といってもいいような行事とブログパートナーとして固く結びついていたら、もう再婚の必要性も感じてないかもしれません。

 

だから、不可能ですよね、無理ですよね、という言葉は麻央さんへの愛情からというよりは、なんだか、

 

後妻がいなくてもなんとかなっているのでその「必要性がない」と言っているように聞こえてきます。

 

梨園関係者が早く海老蔵さんに再婚して欲しいということで麻耶さんはどうだろう、と押していたことも、麻耶さんがふさわしいからということじゃなく、時間的に拙速した状態からの安直で乱暴なチョイスからの発言でしょうし、海老蔵さんの「心」がどこにあるかではなく、歌舞伎を成功させるための雑用を任せられる黒子としての妻を早く準備したほうがいいという考えでしょうから、その黒子さえいるのなら、すなわち再婚を急ぐ必要も、必然性も薄らいでくるという図式になるはず。

 

なので、今現在は小林親子がいるのですからその雑用のすべてをやることになる「妻」が不要なのも理解できます。

 

不自由、不便を感じさせないようにして、再婚など考えないようにさせてしまったのだとすれば、小林さん親子はなかなかですね。

 

人は不自由ならば、不自由じゃなくしようと次のActionを起こすもの。でも、その必要性を感じないのなら、現状維持こそが楽ちんです。

 

子供の送迎は麻耶さん、その他の家事を麻耶さんのお母さんがこなせば、2人で1人のお嫁さん分の雑用は何とかクリアできてしまう。

おそらく、そうやって何だかんだとオリンピックまでいくのかもしれない。

 

しかし麗禾ちゃんの成長が目覚ましいので、その眼からこのイビツな伯母の存在がどう映っていくかはわかりません。

男の子である勸玄くんはさほどではないにせよ、女の子は母親の気持ちになって、その目線になって麻耶さんという伯母さんを、ある日突然、不思議な眼差しで見る可能性もゼロじゃない。

 

娘をとるか、義姉をとるか。

 

そんな日が絶対にこないとは、それこそ誰にもわからないです。

 

 

ではまた。

 

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