毒舌ころも

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海老蔵「悔やまれます」義姉との二度目のハワイ旅行で何想う

 

 

ころもです。

 

想像力。

それって、愛なんですよね。愛そのもの。

 

海老蔵さんと麻耶さんに共通していることの1つに、この「想像力の不足」というのがあるように思うわけです。

 

自分がそれをされたらどんな気持ちなるだろう。

自分がその立場だったらどんな想いになるだろう。

 

その「想像力の欠如」とまではいいません、「想像力の不足」の結果が今回の、二回目のハワイ旅行につながるのかなと。

 最悪の事態を想定して動く時期だったのに

 

今日の海老蔵さんのブログ投稿の中で一番残念に感じたのは、限定にあった、

 

「これが最後になるとは
正直思っていませんでした」
 
の一文です。
 
”Christmas Eve”というタイトルのブログ投稿の中で、昨年のクリスマスイブが結局は海老蔵さんと麻央さんにとって最後のクリスマスイヴであったこと、それを思って後悔する内容が綴ってある中での、この一文。
 
なぜ……
 
赤の他人、一面識のない人々でも、あの頃の麻央さんの病状から厳しい年越しになるだろうということは容易に想像がついたのに…、なぜ。
 
踏み込んで言えば、もしかしたら……
家族と過ごせるChristmasはこれが最後になるのじゃないかと危惧していたわけです。
 
それなのに、家族、それも夫であり医者から病状も余命も聞いていたであろう海老蔵さんがその考えを持てなかったのか。
 
仮に余命を聞かされていなかったとしても、衰えていく麻央さんを間近に見ていればそのぐらいのことは想定できたはず。
 
わからなかったのだとしたら、違う意味で非常に寂しい闘病生活だったと感じます。
 考えたくなくても考えなくてはいけなかった時期。
 
想像したくなくとも、最悪の事態を想定して「これが最後になるかも」という気持ちでいて欲しかったなと、自分なら仕事をクビになってもその日は一緒にいてあげたいと思うだけに、人それぞれ、価値観も優先順位も違うのだなと思うしかないわけですが…。
 
京都で舞台だった海老蔵さんも、「無理して帰れば良かった」と。
 
誰にしても一寸先のことはわからない。だから、そうなるとわかっていたわけじゃないのだから、責めるのは可哀想だ、気の毒だということになるでしょうが、麻央さんが亡くなってから偶然なのかどうなのか、麻耶さんの誕生日をしっかり祝うこともでき、こうして二度も長い休暇を使ってハワイでバカンスを満喫している楽しい姿を見ていると、世の不条理さを身にしみて感じるわけで……
 
一言でいえば、非常に腹立たしく悔しい思いがするわけです。
 
「悔やまれます」と綴っている海老蔵さん、本当に悔やまれる、申し訳ないという気持ちがあるのなら、義理の姉と同行の旅は金輪際やめることです。
 
言動不一致だから、多くの人からバッシングされ、信用を失うのです。麻耶さんが相当変わった人だということは十分世間に伝わりました。
 

その先に人が思うことは何でしょうか

 
それは、そんな麻耶さんをこれから「どうしようというのか」ということです。
麻耶さんはある意味、ブレてないのかもしれません。
 
海老蔵さんのことが大好きなわけですから、大ファンなわけですから、それは追いかけるでしょう。そばにいられる方法があるなら、世間を敵に回してでも我が道を貫こうと決意しての行動かもしれません。
 
したたかであざといけれども、鷹揚に考えてあげれば、海老蔵さんをゲットしたいという一点においてはもしかしたら、全くブレていないということもできる。
 
ブレているのは、海老蔵さんだということになってきます。
 
そろそろ多くの人が、ファンですら気づいてきてますよ。
麻耶さんはしたたかだけど、そのしたたかさが通るのは何故か。誰のせいか。
 
それを許す人がいるからだということに。
 
責任が取れないなら、いいように周囲に泳がせておかないことです。
責任を取るつもりなら、いずれその時がきたらという覚悟があるのかもしれませんが、何がしかの紹介、説明をしてもいいかもしれない時期です。
 
限界ですよ、二度目の義理の姉同行のハワイは。
 
彼女は独身です。海老蔵さんの昔からの大ファンです。
そして婚活に夢中で、妊婦の股くぐりをするほどに家庭と子供を欲しているという解釈もできる女性です。
 
期待を持たせ過ぎることはどうなんでしょう。
それとも、読者やファン、世間だけが何もしらずピエロ状態なのでしょうか。
 
わからないし、ファンじゃないので本当はどうでもいいですが、冷静になればなるほどに、これって、麻耶さんより海老蔵さんの優柔不断さが招いたことのように思えてならないです。
 
海老蔵さんも語っていますね、このブログの最後に、
「どうして人は本当に大切なものを知っているのにたまにわからなくなるのでしょうか」と。
 
それはそのまま、世間が海老蔵さんに返したい言葉です。