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海老蔵「付き合っている人いませんよ」再度弁明も残る疑惑

 

 

 

ころもです。

 

海老蔵さん、昨日のブログでまたもや「新恋人報道」について否定しました。

 

四ヶ月後に

 

付き合っている人
いませんよ。

 

 と冒頭コメント。

 

麻央さんとも奥さんとも敢えてか記してないですが、亡くなってまだ四ヶ月しか経っていないのに付き合っている人なんかいるわけないじゃないかということでしょう。

でも、”やぶへび”になっている感じがします。

 核心をなぜ避けて通るのか

なぜ”やぶへび”かと言うと、それって言われる側からすれば、

 

奥さんが亡くなってまだ四ヶ月しか経っていないのに、付き合っている人がいると噂されるのは本当にどうかしてますよ、という再度の抗議にもなる。

 

誤解するほうが悪いのかといえば、そうとも言い切れない事情があることは誰より海老蔵さんが一番わかっているはず。

 

もちろん、義理の姉、麻耶さんの存在です。

 

先日の女性自身の「新恋人報道」の記事にしても、海老蔵さんが再婚をせっつく梨園関係者との席で「付き合っている人がいます」という話をしたことを挙げていたわけですが‥…

 

見えている部分は、その「付き合っている人がいます」という言葉そのもののようでいながら、その実、最有力候補とされている義姉の麻耶さんとのお付き合いは本当のところ真実なのですか、再婚相手として考えているのですか、というところにまで暗に踏み込んでいたと思うわけです。

でも海老蔵さんは、「酷い‥‥、とりあえず笑っとこ」みたいな濁し方。いるわけないといいながら、それは「新恋人、付き合っている人はいない」の部分だけの否定に結果とどまってしまった。

 

結果、昨日の11月6日のブログで、

 

まだ言ってる
情報が遅れている人がいるので
一応念押しです。 

とコメント。

四ヶ月後に

 

付き合っている人
いませんよ。

 

という書き出しのブログ投稿となっているわけですが、肝心なのはもうそこではなく、ではなぜに「付き合っている人がいます」とあの時いったのか、その理由をなぜ話そうとしないのかということに焦点が向けられるわけです。

 

あの時そういったのは‥‥

 

という言い出し方で、たとえば、そう言わないと場が治らなかったから口からの出まかせでした、ということなのか、本当にそのときは付き合っている人がいたのか。

 

付き合っている人いませんよ、では弱すぎ

 

付き合っている人はいないけど、同居している人はいますじゃおかしすぎるわけです。

 

ここは、これだけブロガーとして日々事細かに心の機微や雑事を披露している方なのですから、今こそ、

 

噂されているさまざまな誤解のすべてにお答えします、ということで、

 

麻耶さんは義理の姉以外の何者でもなく、これまでもこれからも子供達の伯母さんとして家に出入りすることはあっても決して恋人でも、ましてや再婚相手になるはずもないと言うべきだし、

 

もし将来的には世間に何を言われようが再婚しようと考えているのなら、それを今は絶対に口が裂けても言えないということであるなら、核心には触れない言い方で、麻耶さんの名前はしっかり出して否定したほうがいいと思うわけです。

 

 ただ一つ言えることは
全て私が決めます。

 

という言葉がすべてだということかもしれないですが、麻耶さんが再婚相手として噂されている事実があり、それが文字としても週刊誌記事に掲載されているのだから、そこは否定する側としても漠然と、「すべて私が決めます」なんて、どうとでもとれるような否定の仕方ではなく、

 

麻耶さんという固有名詞をしっかり出して、そこを明確にしないといつまでもこの新恋人報道や疑惑というのは宙を舞うでしょう。

 

メディアのいうことは信じない、海老蔵さん応援してます、一点張りの読者コメントが世論だと思っていたら大間違いです。

 

世間はフラットに、ニュートラルに見えるものについて論じます。見えないように、見ないようにしているファンや読者より、よほど眼が行き届くし公平な眼で見ていると思ったほうがいいのです。

 

ファンさえ信じてくれればいいという稼業ではないはず。

世の中に反感や疑惑を抱かれながら人気稼業を続けるというのは得策じゃありません。わかりやすく「麻耶さんはあなたにとってどんな存在ですか」と週刊誌記事は婉曲的に聞きたいわけですから(世の中の代弁者として)、そこをこれ以上ないほどにしっかり固有名詞を出して否定するなり何なりすればいいだけのこと。

 

「信じて」とか「いないのに」とかではなく、義姉とは「こうこう、こういう理由で一緒に暮らしています」あるいは、「時々泊まりがけで世話してもらってます」という感じで堂々と言えばいいのにと毎回思います。

 

よそ様の家のことで申し訳ないですが、これだけわかりやすい論争もなかなかないのでつい口を挟みたくなるのです。

 

ではでは。

 

 

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