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麻耶ついに公開告白!?海老蔵が麻央を想う1日に嫉妬か

 

 

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ころもです。

 

エビの甘口、好きです。

 

カナリ‥‥笑

 

麻耶さんの昨日のブログの一文です。

 

挑発が過ぎますね。

必死です。

 

前後の脈絡としては、このブログの直前、つまり朝一のブログで南のリゾート地への旅行をおねだりしているとしか思えない記述をし、そのあとの、上の告白。

 

わかる人には、わかりますよね。

ほくそ笑んでいる麻耶さんの顔が浮かびます。

 この時を待っていたような明るさ!?

 

麻耶さんは何としても海老蔵さんから離れたくないようですね。

 

あれこれ世話を焼き、自分がいないと「不便、不自由を感じる」ようにし、実はなんのことはなく過ぎていく1日をわざとややこしくしているように思います。

 

確かに海老蔵さんにしてみれば、お給与を支払わなくていいのにベビーシッターやドッグシッターの役割をしてくれる人は麻耶さんじゃなくてもありがたいでしょう。

 

ただ、賢明な人たちはみなわかっていることですが、

 

タダより高いものはない

 

ということもあります。

 

見返りを期待しない人かどうか。短期的には見返りを期待していないようでも、長期的な視点で見ればとてつもなく大きな見返りを期待して行動する人間もいます。

 

頼みもしないのに押し寄せる善意には気をつけなくてはいけません。

その善意は、見返りがないとわかると”敵意”に変わり、さらには”憎悪”という道を辿る可能性があります。

 

麻耶さんはもはや、やったもん勝ちの境地にいるのかと疑いたくなるほどに、麻央さん亡き後にやりたい放題に土足でその生活領域に踏み込んでいますね。

 

故人が望みますか。

そんな未来を。

 

身を引く美学がこの方の辞書にはない

お世話をして頂いた方々への慰労の旅、そして新たな生活をスタートするための線引きの旅。

不謹慎な時期の不可解すぎるハワイ旅行をそう解釈したこともありました。

 

でも、それは序曲だったんですよね。

 

タガが外れたかのように享楽の毎日にいそしむ言動に、

 

「常軌を逸している」

 

と多くの人たちが嫌悪感を隠さなくなりました。

どう考えても、麻耶さんは麻央さんの死を冒涜している。なぜなら、その人の一番の宝物、愛する物を自分のものにしようとしているから。

 

そうでなければ、疑われるようなことはしない。

みな自分に照らし合わせるんです。

 

そんなことに意味はないということはない。

自分だったら…どう思うだろう。

 

その視点があるかないかは、あまりにも大きいんです。

 

ここ数日 だいぶ己を見つめ直す時間もあり

充実しています。

 

麻耶さんが朝一でリゾートをねだるその裏で、海老蔵さんは自分を見つめ直す時間を持ち、少しだけ冷静になる瞬間がもてているのだなと思える言葉を記述。

 

 

ママとくっついて

本当はママとしたいの!

 

でも

ママいないから

パパとやるの

 

とキッパリ!

 

とりあえず私でもなんとか良いという事にホッ

そして本当はママにくっついていたい…

 

という言葉を聞くと

一瞬止まる私がいる。

 

こんなレイカちゃんの言葉もありました。

 

久々に親子水入らずで過ごしている時間のこの様子でわかることは、子供なりに何か「気持ちの悪さ」「居心地の悪さ」を感じているのじゃないかということ。

 

まだ幼いので、その居心地の悪さや気持ち悪さの本当の原因や根元を理解できていないかもしれないけれど、上のような海老蔵さんへのレイカちゃんの言葉を聞くと、

 

ママを忘れてない?

私は絶対忘れない

 

と浮き足立っている父親に怒りをぶつけているように聞こえます。

 

幼いなりに感じるものはあります。幼いからこそ純粋に感じるものはある。その違和感の意味を悟るのにそう時間はかからないでしょう。

 

海老蔵さんは、いっときの寒さのために手近にあるコートを羽織ってはなりません。そのコートを羽織れば、一時的に寒さは防げるかもしれないですが、より多くの寒さがどっと押し寄せてくるでしょう。

 

似合うコート、成田屋にふさわしいコートをじっくり見つけて下さい。手近にあるから似合うということにはなりません。

 

手近にあるコートは、ただ、手近にある、新しいコートを買う労力を省くだけの「物」にすぎないです。

少しの間寒くても、その寒さをしっかり味わって、その寒さを防ぐために本当にふさわしいコートを見つけて下さい。

 

その寒さを温める二人の子供がいるじゃありませんか。寒さに耐えられないということはよもやないと思いますが、もし耐えられないときがきたとしても、そこには血の通う温かな子供達がいてくれる。

 

麻央さんを想う気持ちが本当なら、その寒さを子供達と手を取り合って乗り越えて下さい。

 

世間には、もっともっと恵まれない状況で誰の賞賛を浴びることなく立派にやってのけている人々が大勢います。人間国宝と本当に呼べるような人たちは、実はそんな名もなき一般の人たちの中にこそいると思います。

 

黙々と、丁寧に、そして忍耐強く逆境を踏みしめ前へ進む。

 

できないことはありません。

 

手近なコートを羽織って、みすぼらしい姿にはならないほうがいいです。

ころもは歌舞伎も海老蔵さんも好きじゃないですが、海老蔵さんのことを見捨てず応援してくれているファンもまだまだいることでしょう。

 

そんなありがたいファンのためにも、刹那な享楽に溺れることなく、麻央さんを想う気持ちが本当であることを言葉ではなく行動で見せるのです。

 

今、役者としてではなく、人間「市川海老蔵」の真価が日々問われているということを自覚して欲しいものです。