毒舌ころも

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麻耶と海老蔵 家族ごっこで大はしゃぎ!?入浴シーンも撮影か

 

 

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ころもです。

 

恐怖映画の中でもっとも怖いのは、ジェイソンでもなければフレディでもありません。

笑顔の裏で舌を出している、そんな女性です。

 

キャスティングが許されるなら、やはりその役は日本広しといえども小林麻耶さんをおいて他にはいません。

 

昨日の麻央さんの75日祭と納骨は、麻耶さんと海老蔵さんにとって大きな区切り、約束事があった日なのじゃないかと勘ぐっています。

 

納骨を境に、これまでおさえてきた何か”タガが外れた”感が否めません。

 

麻央さん、悔しいでしょうね。
わずか二ヶ月ちょっとで、築いてきた全てを実の姉に横取りされたのですから。

妹はもういない、だから!? 

考えすぎでも何でもなく、麻耶さんは麻央さん没後とてもイキイキしています。

海老蔵さんも生気を吸い取られたようなゲッソリした顔になりながらも、どこか浮き足立った感じが見て取れます。

 

言葉では麻央さんとの想い出を語ったり、母親を恋しがるカンカンの気持ちに寄り添ってみたりしても、どうしようもないほどに充実した今を過ごしていることが伺えるんですよね。

 

寂しいけど、寂しくありません。

 

この言葉、要りますか。

自分が麻央さんだったらこんな言葉聞きたくないです。寂しくていいんですよ、まだ亡くなって三ヶ月も経ってないのだから。

 

毎日泣いてくれたっていいし、後悔で七転八倒してくれたっていい。いつか立ち直ってくれるとしても、今はまだ自分が亡くなって三ヶ月も経ってないのだから、自分がいなくなったことをしっかり正面から受け止め、不在を感じ、そのことに一人耽る夜、嗚咽する夜があったっていいんです。

 

麻耶さんはひどい姉ですね。

 

麻央さんが生きた痕跡を次から次に上書きして、そこに何があったか、誰がいたかさえ消し去ろうとしている。

もう麻央さんはこの世にいないのに、どうして姉がその妹の旦那と暮らしているのですか。それが許されるなら連日連夜マスコミが取り上げ吊るし上げている、多くの芸能人の不倫や略奪愛も許されるということになりますね。

 

それもこれも、姪っ子甥っ子の世話という「大義名分」があるから。妹が大事にしていた子供達、妹が大好きな私。だから旦那さんとも暮らしていいになるわけない。

 

なるわけがないんです。

 

昨日、9月5日。

 

麻央さんの納骨が終わってから麻耶さんは自分の欲望を隠さなくなりましたね。野望と言い換えてもいいです。

 

納骨後最初のブログには、麻央さんの言葉を引用し「なりたい自分になる」ことを改めて強く決意したことを書き、

 

次に更新したブログの中では、

 

 

数秘&カラーでは
『1』が赤。
スタート、自立...などなどの意味が
あります。
  
赤の力を借りて
何か新しいことを始めてみようかな、
と思えたお花との出会いでした。

 

お散歩中に見つけたお花、と前置きし、一枚の赤い花の画像をアップ。
そして、上の言葉を記述。
 
何が言いたいのでしょうね。
 
納骨の翌日に、「スタート」という言葉を使うということは、う〜ん。
 
麻央さんの痕跡がこれで綺麗さっぱり今の海老蔵さんとのマンションからなくなって、ようやく自分の思い描く生活のスタートが切れる。
 
そう取れてしまいます。
 
通常は気持ちの整理がついたという感じなのでしょうが、麻耶さんに限っては「もう我慢しない、生きたいように生きる」と聞こえてならないです。
 

家族ごっこを続けて本当の家族になるつもりかも

納骨前後から、海老蔵さんのブログにはこれまで以上に麻耶さんの存在が感じられます。

キョンシーの真似をしてとびあがる海老蔵さん、逃げ惑う二人の子供たち。その三人の姿がすべて入るように写してくれた人は誰ですか。

 

海老蔵さんとカンカン、レイカちゃんの三人がバスタブに浸かる入浴シーンまで掲載されていたのには呆気に取られました。

今朝子供たちを幼稚園に送って「任務完了!」とブログアップした麻耶さん。子供たちがいなくなったマンションで海老蔵さんと過ごしていたということになるのでしょうか。

 

麻央さんのお骨もなくなって、気兼ねなくという感じでしょうか。

浮ばれませんね、麻央さんは本当に。

 

子供たちが幼稚園に行くようになって、これまで以上に二人の時間が増えていくのでしょうね。麻耶さんは麻央さんになんて説明するのでしょう。

 

どんな顔で麻央さんの墓前に立つつもりでしょうか。

怖い、本当に恐ろしいことになってきました。

 

ついさっきアップされた海老蔵さんのブログ「しめに」の中の言葉は読み方によってはとっても意味深ですね。

 

今日はいいかなーとか笑笑
子供達と一緒にいると、
心が豊かになり、
己を甘やかしそうに度々なる。
  
このまま一緒に寝よう
とか、
 
今日はかなり危うかった  
なんとか滑り込みセーフ 
すこし走って泳げました。 

 

海老蔵さん、麻央さんの想い出を懐かしむのはまだ早すぎるのでは?そんなに急いで過去の人にしなくてもいいですよ。
 
来世も再来世も一緒になる人が亡くなったのだから、残りの人生をずっとその人のことを想って生きて行ったってなんのバチも当たりません。
 
悲しむことを遮るものがいるのですか。
早く忘れなさいと急かすものでもいるのですか。
 
子供達を悲しませないことが教育じゃない。
母親が確かにいた、そして確かにもういない。
 
そこを教えずしてピアノや踊りを教えても、形だけの役者にしかなれないのでは?心が成長する機会を摘み取るのは、愛情ではなく、薄情な行為ですよ。結果として。