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麻耶が麻央ブログ引用し宣戦布告か!?幼稚園送迎で存在アピール

 

 

 

ころもです。

 

麻耶さん、かなりアグレッシブなブログを朝一であげました。

まるで自分がそうすることが麻央さんの意図することでもあるかのように、都合よく引用しているな、そう感じたものです。

 

一度きりの人生なので
なりたい自分になる

 

麻央さんの一番最初のブログにあったこの言葉をあげ、決意表明ともとれる次の自分の言葉を言い放ちました。

 

誰に対してそれを表明したの?したかったの!?

 

一度きりの人生なので
なりたい自分になる

 

朝一のブログに麻央さんの最初のブログの一文を記した麻耶さんは、

 

妹の一番最初のブログを
読み返し、力をもらいました。

と続け、

 

おてもやんのような着物姿でオロナミンCを左手に持った満面笑みの写真をアップ。

その下には、

たった一度きりのこの人生
笑顔の時間を多く持ちたいです。

と書いたのです。

 

誰に何を言いたかったのでしょう。

 

胸に秘めることもできるのにあえて多くの読者が閲覧するブログにそれをアップするということは‥‥

 

昨日の麻央さんの納骨、75日祭で思ったことだとしたらとても意味深ですね。

 

今朝のこのブログで言いたいことは、まさに麻央さんのブログにあった、

 

一度きりの人生なので
なりたい自分になる

 

ということに尽きるでしょう。

 

しかし、

 

末期がんで闘病している最中、自分自身を鼓舞するために使ったこの麻央さんの言葉を麻耶さんが自分自身の今後の生活に当てはめてしまうと恐ろしいことになります。

 

これは、使う人、使い方によってはとんでもないことになるもの。

突き詰めれば、

 

一度きりの人生なのだから

他人にどう思われようとやりたいようにやらせてもらう

 

と解釈される可能性もあります。

 

そこに善悪や良心が介在するのか、それすら不安になるような使い方だって、人によって、時によって、場合によってはありうることだから。

 

なんだか、いよいよ麻耶さんは本音を隠さなくなりましたね

 

一度きりの人生なんだからなりたい自分になる、妹の麻央がそう言っていたのだから、自分がそうなることになんの文句もないはず。

 

きっと理解してくれるはず。骨になっても優しさで包んでくれている妹だから。

 

そのぐらい自分に都合よく解釈している可能性がありますね。

麻耶さんや、麻耶さん親子の非常識さを指摘すると、ここぞとばかりに「非難」ということばで批判する人々がいますが、その方たちの共通点は感情的で盲目的なこと。

 

非常識さを指摘する人たちは事実に基づいているにもかかわらず、やみくもに擁護する人たちは感情的にかばうだけで事実から目を反らし続けている。

 

都合よく解釈することも可能な状況なのでそれも致し方ないですが、冷静に、とにかく冷静に行動をみることです。

 

そうすれば、いやでも見えてくるものはあります。

 

言葉ではいくらでもなんとでも言えるのです。その人がどんな人物かを推し量るのにもっとも信頼に値する視点は「行動を見る」こと。

 

これなくして、その人を見たことにはならないのです。

 

朝一ブログの締めは、

 

朝の任務完了!
幼稚園、無事に送り届けてきました♡

 

でした。

 

確かに今朝の「幼稚園へ」というタイトルブログで海老蔵さんは、

 

頭から下だけが写っている、黄色い傘を右手に持った寂しげなカンカンの後ろ姿の画像をアップし、その下に、

 

いってらっしゃい

 

と記していました。

いってらっしゃいということは、自分は一緒じゃないということです。

麻耶さんをお手伝いさん代わり、都合のいい義姉として置いているのか、いつか発表する時期を待っているだけの後妻として受け入れているのか、さっぱりわからない状況が今日も続いているようですね。

 

レイカちゃんの受験のことや海老蔵さんの仕事の再開も含めれば、なんだかんだでまだまだ同居生活は続くのか。

 

これが麻耶さんの宣言した、

 

「なりたい自分になる」の序章の朝なのかもしれませんね。

 

麻央さんの決意がとんだ場面で利用されてしまいました。

今日の雨は麻央さんの悔し涙かもです。

 

 

 

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