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麻耶 ブログに「生きていて欲しかったです」批判鎮火に必死か

 

 

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ころもです。

 

憶測するより、憶測させる人間の言動のほうが卑劣に感じるのはころもだけでしょうか。

昨夜、麻耶さんは5秒もあれば書き込める内容を敢えて伏せ、

さあ、妄想合戦よろしくですといわんばかりに、

「今夜は楽しみなことがあるので
ワクワクです!!」

とハートマークのカフェオレ写真の下にコメントした記事をアップしました。

 

「楽しみなこと」が何であるかは5秒もあれば書けます。それを書けば妄想する余地など一切無くなるのに、あえてそこを伏せて一人でも多くの人から一つでも多い妄想を引き出すようなことを仕掛ける。

これが意図したわけじゃなく、無意識でやったとしたなら相当のツワモノです。

 

 

『なりたい自分になる』の真意はどこに!?

麻耶さんの最新ブログのタイトルは『なりたい自分になる』。

これは、去年の今日ブログをスタートさせた妹、小林麻央さんの一番最初のブログタイトルです。

 

ブログ始めた日から、1年だね

 

たくさんの方々と繋がれて、
よかったね。

 

生きていて、欲しかったです。

 

これが、麻耶さんの最新ブログコメントの全てです。

 

生きていて、欲しかったです。

 

まさか、今日、このタイミングで麻耶さんの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした。そして矛盾するようですが、よくよく考えると、非常に想像がつく展開でもあるなというのが正直な感想です。

 

 

麻央さんが旅立たれてからの目を背けたくなる麻耶さんや海老蔵さんの非常識な振る舞いは、それぞれのファンのみならず、歌舞伎なんぞに一ミリの興味もなかった一般人の人々の耳目にも触れることとなり、公平に見て正常な意見を随所で読む機会も増えました。

 

盲目的な擁護ばかりじゃなく、一般社会で人の生き死にをしっかり捉え、ルールに従って生きている人々から見える考え、意見を聞けるというのは、広いようで狭い芸能界、歌舞伎界で生きている麻耶さんや海老蔵さんたちにとっても、非常に貴重な、とてもありがたい状況なのではと思います。

 

美辞麗句とは裏腹な、無念の上にも無念な最期を遂げた妹の姉のものとは思えない軽率な言動の数々。

 

麻耶さんは言葉で麻央さんへ対する姉の愛情を示そうとしますが、本物を見抜く目を持つ人々が注視するのは言葉ではなく「行動」です。

 

行動こそが、その人そのものです

 

そうでなければ、「愛する妹」「最愛の妹」「命を差し出せるほどの妹」と言っている麻耶さんがこれほど女性たちから嫌われるはずがない。

 

行動に愛が見えれば、言葉なんて何もなくたっていいぐらいです。
「麻央のおかげ」「妹のおかげ」と100回いうエネルギーがあるのなら、妹の嫌がりそうなことを一つでも「しない自分」というものを行動で示す。

 

そうすれば、批判も少しは減るだろうに。

 

生きていて、欲しかったです。

 

麻耶さんのこの言葉、とても空虚に聞こえました。

 

確かに麻耶さんなりに姪っ子甥っ子を可愛がっているつもりなのでしょう。大好きな海老蔵さんと多く触れ合える環境であることに心から喜びを感じ、隠しようのないところまで心が弾んで周囲が見えなくなっているのかもしれません。

 

でも、

 

麻耶さんなりに‥‥ではやはりダメなのです。

 

自分が麻央さんだったら、こういう行為を嫌がるのじゃないか。

そう思うのが思いやりじゃないでしょうか。

 

たくさんの方々と繋がれて、
よかったね。

 

麻耶さんのこの言葉、それこそ麻央さんが麻耶さんに今伝えたい言葉そのものではないですか。

 

麻央さんのおかげでたくさんの方々と繋がることができ、麻央さんが築いたすべてを今間違いなく、遠慮なく麻耶さんは享受し尽くしている。

 

生きていたかった

 

麻央さんの悲痛な声が聞こえるようです。

 

ころもでした。

 

 

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