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嫁姑の修羅場問題を解決!? 義父母と縁を切る「姻族関係終了届」

 

 

 

ころもです。

 

「そうだったのか。もっと早く知っていれば‥」

 

そういうこと、世の中にはたくさんありますよね。

あの日、あの時、あの場面でそういう知識を持っていたなら今頃は‥‥

 

後悔先に立たず、知識はなくとも知恵は持て、ということで今回は嫁姑問題を解決する強烈すぎる方法をお教えします。

 

幸福な人生を歩むための選択肢はひとつでも多い方がいい。

知っているけど使わないのと、知らなかったから使えなかったのでは天国と地獄の差です。

 

 

縁が切れないばっかりに‥

「血縁」という響き、怖いです。

「血」そして「縁」。

ついでにいうなら「絆」もかな。

 

これは相思相愛の場合は幸福をもたらすものですが、一方的な場合は厄介極まりないもの。

そしてその多くは、家族がその主体になります。

 

血縁を重く見すぎるあまり、人生そのものを脱線してしまう人がいかに多いか。

日々の事件を他人ごとではなく身近にある出来事として自分の身に置き換えればすぐにもわかりますね。

 

 

同じ屋根の下にいたばっかりに起こった悲劇が多すぎ

先日も、合鍵を持った孫が家に入り就寝中の祖父母を殺害するという事件が起きました。

動機は通行人を刺そうと思ったけれど逃げられそうだから、というのだから悲劇すぎます。

 

まさか、よもや、孫のそんな動機によって殺害されてしまうとは夢にも思わなかっただろう断末魔の祖父母の気持ちを考えると言葉もありません。

そして思うのです。これが遠く離れた地域に住んでいたならどうだったのだろうかと。

 

これはかなり特殊なケースかもしれないですが、言いたいことは同じ。

違う価値観の人間同士が、たとえ血縁関係がそこにあったとしても同じ、あるいは近すぎる距離で生きるということの危険性です。

 

 

「姻族関係終了届」で法律上の縁を切る

あなたは「姻族関係終了届」という言葉をご存知ですか。

結婚すれば法律上、配偶者の父母や兄弟との間に「姻族」と呼ばれる関係ができます。

 

もちろん離婚すればこの姻族関係は消滅しますが、問題は配偶者が亡くなったあと。

あなたの心配もそこにあるのではないでしょうか。

 

夫が生きていればこその義父母であった場合、その支えとなる夫がこの世からいなくなったならもう姻族関係などないほうがいいと、そう思う方も少なくないはず。

 

もともと相性が悪く、それでも愛する夫との関係を損ないたくない、あるいは家庭を円満に保っていたいという理由から忍耐し続けていたとしたなら、夫が亡くなったあとまで義父母との関係を未来永劫続け、介護まで携わっていたいんですとは思えないという方がいても全く不思議じゃないどころか、当然の気持ちだと思います。

 

ましてや自分にも親がいる場合。

年老いて介護が必要になっている実の親をさしおいて、なぜに義父母の介護に貴重な人生を費やす義務があるのかと疑問に思う人も多いはず。

 

実際、義父母と人生を歩むために結婚をしたわけじゃないのです。愛する人の親だから大切なのは大切ですが、それとて絶対のものではありません。

 

愛する夫が生きていたのならまだしもですが、愛する夫も亡くなり、仮に顔を合わせれば喧嘩ばかり、ののしりあってばかりだった嫁と姑であったなら、これを機会に離れたほうがいい場合のほうが多いとさえ言えます。

 

でもそんなの薄情かしら‥

世間はなんと思うかしら‥

許されることなのかしら‥

 

そんな想いが駆け巡ると思います。

 

しかしよく考えても見てください。

ご主人と結婚するまでは縁もゆかりもなかった赤の他人です。

ご主人のことは選んだでしょうが、そのご両親の人格、性格、環境までをもこちらが選ぶことは不可能だったわけです。

 

なのに、婚姻届一枚によって繋がれた関係性を、1ミリも動かすことのできない大きな岩のように考える必要がどこにあるでしょう。

くっついたものは、離れることだってあるのです。

 

ましてや、自分が選んだわけでもない関係を生涯ひきずる義務がどこにあるでしょう。

ありません。

 

ただ、そのためには「姻族関係終了届」を出す必要があります。

姻族関係終了届とは→詳細こちら

 

これはたった一度きりの人生を悔いなく生きるために、果ては追い詰められた結果互いが互いを傷つけ、新聞紙面に載らないためには必要な選択肢のひとつと言えるでしょう。

薄情でもないし、世間がどう思うとその世間はあなたと姑のために何もできない立場なのですから関係ないのです。

 

許されることかどうかなど、そんな問題ではありません。

何も策を講じることなく、日々相手を恨み、憎み呪う人生が送りたいですか。

 

結んだ関係は、解かれる関係にもなり得るもの。

忍耐や我慢が褒められるのは、それが正しい方向の場合だけです。

脱獄犯にしても泥棒にしても、それなりの忍耐や我慢をしています。

ただ、方向が間違っているだけ。

 

大切なのは忍耐や我慢そのものじゃなく、何に「耐え」何を「我慢」したかということ。

互いが憎しみあっているのに、あるいは一方が一方を絶対愛せない関係性にあるのなら、同じ屋根の下で傷つけ合う人生を送るだけ。

そこに耐える必要や価値があるとは到底思えません。

 

亡くなったご主人にしても、相手を呪いたくなっても一緒に外っつらだけでも仲良くやって世間体を保って欲しい。

などと思うでしょうか。

 

もちろんこれは、万人にお勧めしているものではありません。

あなたが心から現状を変えたいと想い、そのためにはご主人が亡き今、もうこの姻族関係を切りたい。

 

切らなければ自分の人生はないと思うほどに悩んでいるとしたら、選択肢のひとつとして考えてもいいものですよというお話です。

そんな選択肢があるとわかっているだけでも、自分や相手を追い詰めることなく人生をより充実したものにできる可能性が広がります。

 

知識として忍ばせておいてもいいかな、というお話でした。

良い人生を。

 

 

ころもでした。