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斉藤由貴が劣化!魔性の女というより「不潔ふしだら」の汚名か

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ころもです。

 

斉藤由貴さんの不倫釈明会見、計算高さ満載とい感じでした。

面白いのは、男性はあの様子を見て「魔性」といい、女性はあの様子を見て「計算」と名付ける。

同じ画面を見ていても、見える世界が違う。勉強になります。

さて話は戻って、会見での斉藤由貴さんを見て何とも奇妙な顔立ちになったなと、正直そう思いました。

所属事務所が決めた報道陣とのかなりの距離、そして一本しかマイクがなかった、というか、一本のマイクしか使えなかったため報道陣たちは矢継ぎ早の質問ができず、あの斉藤由貴さん独特の「間」を作り出すことができたという事務所側の狙い。

 

すべて上手くいった!?

でも、女性はあの緻密な計算をしっかり見抜いてます。

 

捉えどころのない疲れ切った奔放な女を演じた!?

いくらロケ現場から駆けつけたといっても、そのために15分遅れて会見に臨んだのなら、あと3分、いや1分遅れてもいいから、ほつれた髪にピン留めをし、開きすぎたシャツのボタンを第一ボタンだけ開く形に直すことはいくらでもできる。

 

そんなことも視聴者は見抜けないと思っているのでしょうか。

 

オフホワイトのスケスケシャツワンピース姿で会場に入ってきたときに、抜け目ない人だなとまず思いました。

 

そして、ほつれた髪や中心からずれたポニーテール、ついさっき暴漢にでも襲われたのかと見間違えるほどの淫らな服装。

 

釈明会見なのだから深々とお辞儀をする場面もあることを百も承知しているだろうに、胸元ぎりぎりまでシャツのボタンを開けて挑むその深層心理やいかに。

 

緻密過ぎる計算高さを半開きの目と半開きのおちょぼ口でごまかし、これが斉藤由貴ワールドですよと煙に巻く。

 

しかし、騙されるのは男性ぐらい。ほとんどの女性は斉藤さんの目論見、計算を見破っていたわけです。

 

「魔性の女」と「男好き」は紙一重

斉藤由貴さんの不倫釈明会見を見終えた直後、ビビット!司会の国分さんが、「綺麗ですねぇ」と言った言葉が未だに耳から離れません。

 

何を見ていたの!?

 

本当に、あの会見で何を見ていたらそんな感想が口を突いて出るわけ?

不倫疑惑が巻き起こるほどに、美容医療をさんざん施してもらっていてのあの仕上がりに対し、「綺麗?」とは、あなたの目は節穴といいたくなる。

 

もちろん、ひどい50歳はいくらでもいるけれど、あの会見での斉藤さんは少なくとも普通に50歳顔だし、もっといえば、あの何重にも落ち窪んだ目なんてどこを見ているのかわからない怖さがありました。

 

「不倫はもう卒業しますか」といういたってシンプルな問いに対しても、イライラするほどの時間をおいて、気の利いたことを言わなくちゃいけないんだろうけれども‥‥と、決して「もう不倫はしません」と言おうとしない。

 

あの沈黙の時間だけ抽出してみても、彼女が不倫に対して罪悪感を抱いているなんて全く思えない。

 

厳しいモルモン教の信者なのにという意見もあるけれど、よくよく考えてみれば、これほどまでに本能に生き、理性を保てず、感情のまま動物のように生きる人だからこそ、モルモン教に入る必要があったのだし、入っているのでしょう。

 

子供を何人産み育てようが、人間はそう簡単には変わらないということです。環境が変わったところで変わらない人は変わらない。

 

あの長すぎる沈黙が物語るように不倫を悪い事だなんて思ってない人がどうやって変わる努力をするのか。

 

白髪になっても、腰骨が曲がっても彼女は人のものを欲しがり、甘えたかったからという理由で修羅場をこれからも乗り切っていくのでしょう、きっと。

 

魔性の女といえば聞こえはいいけれど、ネットでは「不潔でふしだらな女」と受け止められた感がよく伝わってきます。

 

同性にはわかるんです。

 

彼女にとって不倫はたまに演じたくなる「役」なのでしょう。釈明会見は一番の見せ場、舞台。

 

そう考えれば、あの計算づくのほつれた髪に疲れ切った表情、気だるい雰囲気に、乱れきった服装が演出であり小道具であったと実感できると思います。

 

女優でいつづけることができる。

 

先日の釈明会見で唯一はっきりしたことは、3人の子供たちの未来や夫との幸福より、女として見られ続けること、女優として輝き続けていられることこそ極上の幸せと思っているのだろうなということ。

 

彼女にとって生きる事がアバンチュールでなくなることが老いよりずっと怖いことなのかもしれないですね。