毒舌ころも

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有村藍里の顔が変!?需要ないのにサンジャポは七光りか

 

 

 

ころもです。

 

世の中は皮肉なもので、芸能界に向かない人のほうが芸能界に執着する傾向があるというのか、執念を持っているというのか。

とにかく、なぜ芸能界じゃなきゃダメなの!?

という人が増えてきました。

有村架純さんの姉、藍里さんもまさしくその一人。

妹と姉妹であることを強調することで生き残りを測ることに方向転換したのか、改名までして妹の人気にあやかろうとしている。

これは、どう本人が否定しようとも周囲が決めること。実際、初のサンジャポ出演の紹介記事のタイトルが「有村架純の姉・藍里 あす23日サンジャポ初登場」とあるのだから弁解の余地もないでしょう。

 

理屈じゃない、黄金比率の残酷さ

藍里さん本人は本当のところどう思っているんでしょうね。

 

妹ほどではないにしても、自分はイケてる。
妹とは違う良さ、魅力を自分は持っている。
妹に負けないほど実は可愛いと思っている。

 

もっと列挙できそうですが、ここまでにしておきます。

 

おそらく、上の三つはすべてある時期通過したのじゃないかな。そして今おそらくは、上の二つを意識しながら、なんとか芸能界での生き残り、美味しい蜜を味わい尽くそうとしているのかもしれない。

でも‥‥

グラビアをやるにしても女優をやるにしても、タレントをやるにしてもお笑いをやるにしても、絶対隠せないのが顔。

 

つまり残酷かもしれないけれど、電波を通じて不可抗力的に視聴者に見せられるレベルに達していなければ、自然に淘汰されていくのは時間の問題。

それなら、その時間の問題、自然淘汰されるまでは業界にいたい。

その気持ちもあるかもしれません。

あってもいいと思います。

 

ただ、その自己顕示欲を満足させるために不特定多数の人々の気持ちをどこまでないがしろにしていいのか、という問題もある。

 

正直に言えば、藍里さんは妹の有村架純さんの顔が正解だとして、その間違い探しのアフターとしてさらされる土台としてのみ需要があるというのか‥‥。

 

妹の活躍は有村さんだからじゃなく、有村「架純」だからゆえの人気であり活躍なわけです。

妹である必要があるし、妹でなければならない。同じ姓を名乗っていれば誰でもいいということじゃないし、血がつながっていれば誰でも同じというものでもない。

 

有村架純だから、売れているのです

 

お姉さんが悪いわけじゃない。

お姉さんが、有村架純さんではないだけのこと。

 

 

そして、それがすべてなんです。

 

あの顔が売れており、可愛い、綺麗と言われているということは、そこから少しでも比率がずれてしまえば非常に微妙な顔になってしまう。

 

そのズレが「吉と出るか凶と出るか」は、やはり視聴者が決めていくのです。それが芸能界なんです。

 

お尻なら妹に勝てるといったことを藍里さんは以前語っていましたが、何をするにも妹に勝っている、負けているというものさしで生きるのは辛くないのかな。

 

藍里さんを見るとどうしてもフィフィさんを思い出してしまうし、吹石一恵さんも少し思い出してしまう。

 

フィフィさんを思い出してしまう人にはなかなか受け入れられないかもしれないけれど、吹石さんの鼻の下を思い出してしまうという人には何とかしたら受け入れられるかもしれない。

でも、そんな造作の事より何より、売れすぎている妹の名前に寄せてまで芸能界で活躍したいというその気持ちが、多くのファンには受け入れてもらえないという心情の面をもう少し大事にして欲しいかな。

 

芸能人はやはり露出してしまう世界ですから、もし修正不可欠です、必ずインスタも何もかも修正を入れていきますということであれば、そのうち精神が病んでしまわないかどうかが心配。

 

生きる道は芸能界以外にもありますよ。

妹の有村架純さんがそう言ってあげられると一番いいのかもですが、絶対いうことはないだろうなというのもまた、妹さんかもですね。